11-5 膠着
その日はいい天気だった。日差しはぽかぽかと温かい。だが、お茶会の空気はしんと静まり返って寒いくらいだ。
(口を開いたら厄介事に巻き込まれそうなので、みんな黙っているんだな)
そういう考えが透けて見える。
少し前までは饒舌にカールに話し掛けていた王子さえ、王女が登場してからは黙り込んでいた。
ボクはちらちらと周りの様子を確認する。『にゃあ』しかしゃべれないことにしてあるボクはこういう時、気楽だ。少なくとも、話題を振られることはない。
目の前のロイドは涼しい顔でお茶だけ飲んでいた。何を考えているのか、全くわからないが緊張しているようには見えない。黙っているのは、話したいことがないからという感じがした。この場では一番、王女に対してフラットな気がする。
その隣に座っているカールは場が持たないようで、お菓子に手を伸ばした。暇を潰すために口に運んだ菓子が思ったより美味しかったようで、もう一つお菓子を皿に取る。機嫌は悪くなさそうだ。お菓子が美味しいせいだろう。
王族御用達のお菓子は当然かもしれないが、いつも食べているお菓子よりワンランク上だった。
カールの隣の王子は、王女の方を一度も見ない。真っ直ぐ正面を向き、何の表情も読み取れない顔をしていた。ある意味、無になっている。ロイドと違うのは、自分の存在そのものを消しているような感じがした。
それならお茶会そのものに参加しなければいいのに、ここにいるのはカールのためなのだろう。何かあったら、助けるためにここにいる。
(愛されているな、カール先生)
ちょっと微笑ましい気持ちになった。
ボクはちらりと隣にいるアルバートを見る。アルバートはとても緊張していた。口に運ぶためにカップを持った手がちょっと震えている。ボクを取り上げられるかもしれないと心配していた。王女のいろんな話を聞かされて、すっかり警戒している。
でも何故かボクはそういうことにはならない気がしていた。根拠は何もない。あえて言うなら、ネコの勘だろう。
王女は意地悪だと聞いたが、そういう意味のないことはしない気がした。
ルーベルトは緊張しているアルバートを心配している。気にして、ちらちら見ていた。だがアルバートはそんなルーベルトを気にする余裕もない。
そんな客人の様子をミリアナは全く気にしなかった。菓子を食べ、お茶を飲んでいる。
いや、気にしていないというのは正しくないかもしれない。彼女はこの気まずい空気を楽しんでいた。
こういう場合、話題を提供して場を盛り上げるのは招待主である王女の役目だろう。だがミリアナにそんなつもりはさらさらない。
誰もが自分の機嫌を気にしている様子を楽しんでいるようだ。意地が悪いと言えば、十分に意地悪だろう。
(いったい、何のために呼ばれたのだろう?)
王女が用件を口にしていないことに気づいた。だがこの膠着状態は放っておいても解消しそうにない。
(仕方ない。ボクがなんとかしよう)
このままでは埒があかないと思った。
「くしゅっ」
くしゃみをした。寒いふりをして、身体をぶるっと震わす。陽気はぽかぽかだが、空気が冷たい。
ちょっとした揶揄も込めた。
「ノワール?」
心配そうにアルバートはボクを見た。
「にゃあ」
ボクはアルバートに手を伸ばす。抱っこを強請った。
ちらりとアルバートは王女を見る。伺うような顔をした。
「抱いてあげていいわよ」
ミリアナはそう言う。
「失礼します」
そう言うと、アルバートは席を立った。ボクを抱上げる。
ボクはアルバートにすりすりと甘えた。
「にゃーん」
可愛らしく鳴き、ちらりと王女を見る。
ミリアナはじっとボクを見ていた。
「見た目はほぼ人間だけど、中身はネコに近いのね」
そんなことを言う。
(そうでもない)
ボクを知る人が心の中で否定するそんな声が聞こえるような気がするが、気にしない。
「にゃーん」
ミリアナと目を合わせたまま、鳴いた。
アルバートは自分の席にボクを抱っこしたまま戻る。
ボクはアルバートの足の上に座った。思いっきり甘えると、アルバートの手が優しく頭を撫でてくれる。
「愛らしいわね」
優しい響きの声が独り言のように呟いた。
「はい」
アルバートは素直に認める。
「わたしにも抱っこできるのかしら?」
ミリアナはアルバートを真っ直ぐに見た。
「……王女様が望まれるのでしたら」
少し迷って、アルバートは答える。何が正解か考えたがわからなかった。
「では、こちらへ」
連れてこいと、ミリアナは言う。
「はい」
アルバートはボクを抱っこしたまま王女に近づいた。ミリアナの膝の上にボクを降ろす。
ボクは大人しく、王女の膝の上に座った。
「にゃあ」
ミリアナを見上げる。
至近距離でミリアナはボクを見つめた。
「軽いわね」
そんな感想を漏らす。確かに、ボクは見た目よりずっと軽い。
「ただのネコですので」
アルバートは説明した。
「本当に獣人とは別物なのね」
ミリアナは納得する。
「はい」
アルバートは頷いた。
ミリアナは考える顔をする。
「少し、散歩してきてもいいかしら?」
アルバートに聞いた。もちろん、ダメなんて言える訳がない。
「どうぞ」
アルバートは頷いた。不安がない訳ではないだろうが、それ以上に逆らうなんて考えられないのだろう。
ミリアナはそっとボクの頭に手を添えた。支えながら、立ち上がる。ボクは王女の身体に寄りかかった。
不敬だと言われないか少しドキドキしたが、何も言われない。ボクはぺたっと王女にくっついた。その方が身体が安定する。
いい匂いがした。香水の匂いだが、ほのかに薫るのが好感を持てる。
「庭を歩いてくるわ。警護は不要よ」
王女は側近達に宣言した。
動こうとした護衛を手で制する。つまり、ついてくるなと言っている。
「はい」
護衛は大人しく従った。引き下がってはダメな場面では?--と思ったが、言っても無駄だと諦めているのだろう。
ボクは王女と二人きりになった。
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