15-5 平等と不平等。




 昼休み、ボクたちは寄ってきた王子と一緒に食堂に行くことになった。昼食を一緒に取ろうと誘われる。

 断わる理由は特になかった。王子とは仲良くした方が家のためなのはわかっている。


 全寮制の学園の食事は三食とも食堂で提供された。一部の部屋の生徒と教師だけは別料金を払って朝食と夕食に限り部屋までデリバリーすることも出来る。だが昼食は全員が食堂に足を運ぶのがルールだ。そして昨日までは、食堂は席はみんな一緒で統一されていた。大きなテーブルに6人が座れるようになっていて、そのテーブルがずらっと12個並んでいる。昼食のみバイキング形式で、小皿に盛られているおかずを好きものを好きなだけ取っていいことになっていた。

 いつもと同じつもりで、ボクたちは食堂に向かう。ボクはもちろん、アルバートに抱っこされて運ばれていた。


 だが、この日は食堂の様子がいつもとは違う。どこかざわついていた。


「こちらへ」


 食堂の入り口に侍従っぽい人が待っている。ボク達を案内した。正確に言えば、案内される王子にボクたちが連れて行かれる。


(すごーく嫌な予感がする)


 当然のように注目を浴びながら、ボクたちが進んだのは食堂の奥だ。そこに昨日までなかった別室がある。


 学園は基本、生徒は平等だという建前で運営されていた。だがもちろん、平等なんかではない。爵位の高さがそのまま学園でのポジションになったし、公爵クラスが宛がわれる部屋は一般生徒より広くデリバリーサービス付きだ。だが昼食だけは本当に平等で生徒も先生も同じ空間で同じものを食べている。

 言い換えれば、昼食はみんなが平等を感じ取れる唯一の機会だ。


(この特別扱いは許されていいのか?)


 ボクは内心、そう思う。それはアルバートも同様だったようだ。


「この特別扱いは不味いんじゃないでしょうか?」


 王子に苦言を呈する。


「おっしゃることはもっともですが、防犯上、王子が皆様と一緒に食堂で昼食を召し上がるのは難しいです」


 王子ではなく、侍従が答えた。首を横に振る。


(それはまあ、そうかな)


 その言い分もわからないではなかった。食堂は学園の関係者なら誰でも自由に出入りが出来る。常に人の出入りがあるので、防犯という意味では最悪の場所だ。いつでも侵入可能で、逃げるのも容易い。


(王子様も大変だな)


 苦笑するしかないランドールを見て、そう思った。彼もこの扱いは本意ではないのだろう。


(むしろ、あれかな。教室から食堂に来るまで、護衛が同行していないだけ生徒達に威圧感を与えないよう気を遣っているのかもしれない)


 そんなことを考えて、寮生活はどうするのだろう?と疑問に思った。


 ボクたちがテーブルにつくと、いつ用意したのかさっと食事が出て来る。料理は食堂のもののようだ。

 とりあえず、ボクたちは食事をすることにする。


「寮生活はどうするんですか?」


 ルーベルトが心配そうに問うた。


(まあ、ルーベルトが心配しているのは王子ではなく、巻き込まれるアルバートの方だけどね)


 ボクは心の中で突っ込みながら、王子の返答を待つ。


「寮には入っていない。王宮から通うことにしたよ」


 王子は答えた。


(妥当だな)


 ボクは心の中で賞賛する。適切な判断だと思った。王子が寮で暮らすことになったら、寮に護衛を置かなければいけない。それに、使用人は連れてこられない決まりなので、王子は日常生活を自分で行わなければいけないことにもなった。傅かれて育った王子様にそれは無理だろう。


(王族が学園に入らないのって、こういう諸々のことが理由なのかな)


 ボクはふと、気づいた。そう考えたら、この学園は王族を受け入れるのには向かない。むしろ、受け入れたくないから諸々の決まりがある気さえした。


「そうですか。その方がよろしいですね」


 ルーベルトがにこっと笑う。


(こわっ)


 ボクは心の中で怯えた。

 笑顔だが、目が笑っていない。ご機嫌斜めだ。

 これ以上迷惑をかけないでくれて良かったと思っているのがありありとわかる。


(気づかないふりをしよう)


 ボクは黙って食事に集中することにした。お腹が空いている。相変わらず、この身体は燃費が悪かった。

 王子とアルバートを中心に、おしゃべりをしながらのんびり食事をしている横で、ボクは黙々と食べ続けた。おかわりをもらいに行こうと考える。

 適当にチョイスしてくれた料理は普通なら十分な量だ。しかし、ボクには足りない。魔法でこの身体を維持するのはエネルギーが必要なのだ。そのエネルギーは食べ物からも取れる。この世界の動植物は全てなんらかの魔力を持っていた。それは調理されても損なわれない。


「にゃあ」


 断りを入れるように一声鳴いて、ボクは椅子から降りた。


「お替わりかい?」


 ルーベルトが問う。


「にゃあ」


 ボクはにこっと笑った。耳がピンと立つ。


「わかった。行っておいで」


 ルーベルトはボクの頭をよしよしと撫でた。そのまま見送ってくれる。


「1人で行かせていいのか?」


 王子の呟きが背後から聞こえた。心配してくれるらしい。


(基本的には、いい人なんだよね)


 嫌いではないが、関わりたくはない。王族がらみなんて、とても面倒だ。だが、向こうが絡む気満々なので仕方ない。


「大丈夫です。ノワールには下僕がいっぱいいるので」


 ルーベルトのくすりと笑う声が聞こえた。

 

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