15-4 世渡り上手。




 ボクとルーベルトは人波から外れて、ほっとしていた。

 常日頃から、注目されことには慣れている。ボクの存在は明らかに異質だ。

 だが、注目はされても人はあまり寄ってこない。ロイエンタール家の家名に遠慮されるし、アルバートもルーベルトも人当たりがいい方ではなかった。凛としたその態度に近寄りにくさを感じる人は少なくない。

 だが、王子が妙にフレンドリーなので人が寄って来ていた。たぶん、王子も無理をしているのだと思うが、普段の王子を知らない人はそんなことには気づかない。


(王子と公爵家なら、王子を優先して当然だよね)


 ボクは心の中で呟いた。

 近寄りやすい王子と近づきにくい公爵家を天秤にかけた場合、十中八九、王子の方に天秤は傾くだろう。つまり、アルバートが近づくなという顔をしていても、効果はない。ウェルカムな王子の方を優先するからだ。


(耐えているな)


 寄ってくる人の多さに、アルバートがイライラしているのは見て取れる。あれはかなりストレスを溜めているだろう。

 アルバートが普段、人を寄せ付けないのは別にボクのためではない。人付き合いを面倒に思っているからだ。もちろん、貴族としてはそれはマイナスなことだ。しかし、社交のシーズンにはそれなりにちゃんとしている。あくまで、必要の無い場所でまで気を遣うつもりはないということのようだ。


「にゃあ」


 ボクは鳴きながら、ルーベルトの袖をくいくいと引っ張る。呼ばれて、ルーベルトはボクを見た。

 ボクはアルバートに視線を送る。あれは大丈夫なのかと、心配した。

 そんなボクの気持ちがルーベルトには伝わったらしい。


「大丈夫。アルバートはロイエンタール家の嫡男だよ」


 家のために我慢するのは慣れているのだと、ルーベルトは言いたいらしい。自分たちは避難しているのに、聞きようによっては勝手な話だ。しかし、ボクやルーベルトの行動とアルバートの行動では重みが違うのも確かだ。ボクたちは逃げられてもアルバートは逃げるわけにはいかないとだろう。


(ナンマイダブツ)


 思わず、ボクは手を合わせて拝んだ。アルバートの成仏を願う。……死んでいないけど。


「何をしているの?」


 そんなボクをルーベルトは不思議そうに見た。合掌しているボクの姿はかなり異様らしい。


(この容姿では当たり前か)


 ボクは納得した。

 今のボクの外見はほぼビスクドール(西洋人形)だ。拝むのは似合わない。


「にゃあ」


 何でもないと、ボクは鳴いた。愛想笑いで誤魔化す。

 そんなボクの目の端に、予想もしないものが映った。少し離れたところで王子と共に大勢の生徒に囲まれているアルバートが席を立った。


(ん?)


 ボクはルーベルトを見る。

 ルーベルトも困惑した顔でボクを見た。


(何でこっちに来るの?)


 不思議がる。

 アルバートは当然のようにボク達のところにやってきた。


「ノワール」


 ボクを呼ぶと抱上げ、そのまま座る。膝の上にボクを抱っこした。後ろから羽交い締めにするように抱きしめ、髪に顔を埋める。ぐりぐりしてきた。


「にゃあ」


 ボクは身を竦める。正直、かなりウザかった。


「アルバート」


 ルーベルトが困惑した声で呼びかける。


「王子は放っておいていいのか?」


 苦笑いを浮かべた。


「友達がたくさん出来そうだから、いいんじゃないかな」


 アルバートは素っ気なく言う。一国の王子に対する言葉にしてはかなり冷たかった。


(それはそうだけど、そうじゃないよね)


 ルーベルトの代わりに、ボクは心の中で突っ込む。

 確かに王子は他の生徒に囲まれ、寂しくはなさそうだ。だが、王子の友人という立場を手放すのはロイエンタール家的に不味いだろう。どう考えも、アルバートはあっちで王子と一番親しいという立場を確保するべきだ。


「向こうは人が大勢で、騒がしい。こっちの方が落ち着く」


 アルバートは先手を打つように、そんなことを言った。向こうに戻る気はないらしい。すでに、アルバートが座っていた席には別の生徒が座っていた。

 アルバートはボクやルーベルトが何を言いたいのかちゃんとわかっている。その上で選択したようだ。


(アルバートがそうしたいなら、仕方ない)


 ボクは心の中で呟く。どうやらそれはルーベルトも同じようだ。ボクたちは総じて、アルバートに甘い。


「アルバートはアルバートのしたいようにすればいいよ」


 ルーベルトはそう言って微笑んだ。






 この時点では、今後は王子とは適度に距離を取った付き合いになるとボクたちは思った。しかし、そうはならなかった。午前の授業が終わると、王子がボク達のところに来る。

 ちなみに学園の時間割は1限が2時間で、午前中が2限。午後が1限となっていた。


「キミたちは冷たくないか?」


 放置されて、ランドールは不満を口にする。


(”たち”って言った? そこにボクやルーベルトも入っているの?)


 マジですかと思いながら、ボクは黙ってことの成り行きを見守った。喋れない設定のボクはこういう時、とても楽だ。黙っていて許される。

 実は喋れないのはけっこう不便なので、そろそろ魔法か何かで喋れるようになったことにしようかと思っていた。だが、喋れれば喋れたで、いろいろと面倒そうでボクは迷っている。


(しゃべれない設定だと、煩わしい諸々には関わらなくてすむんだよね)


 貴族社会の縮図である教室は面倒なことも多かった。変な絡まれ方もする。今はそれを喋れないんだから仕方が無いという力業で回避していた。だがさすがにそれを2年も3年も続けるのはむりがあるだろう。うっかり喋る前に、適度なところでロイドあたりに魔法をかけてもらったことにしようかと思っていた。ロイドには少し前からそういう話を相談している。


 そんなことをボクがつらつら考えている間に、王子は置き去りにするなとアルバートに文句を言っていた。


「でも私達、人に囲まれるのは好きではないのです」


 アルバートは言い訳する。


「うち子、人見知りなので」


 そう言って、ボクを抱っこした。


(ぼくのせいにしたっ!!)


 勝手に理由に使われて、ボクは目を丸くする。思わずシャーッと怒ったら、「ね?」とそれも利用されてしまった。

 公爵家の嫡男として、アルバートは人のあしらいが上手い。


 ネコのせいにされては、王子も反論のしようがないようだ。それ以上は何も言わない。


「一緒に食堂に行きますか?」


 アルバートはにこやかに王子を誘った。

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