5-6 お迎え
アルバート達が迎えに来るまで、ボクはロイドと話していた。話題はほぼ魔法の話だ。
教官だけあって、ロイドは詳しい。質問には何でも答えてくれた。
クラスメイトと必要以上の交流を持たないためにボクは喋れないふりをしているが、一つだけ困ることがある。それは授業中に質問が一切できないことだ。気になることがあっても聞くことが出来ない。
それはちょっとだけストレスになっていた。こんな風に何でも答えてもらえると楽しい。
ボクはちらりとカノンを見た。
カノンは用事を終えて控えている。
その服は最初に見たメイド服ではなかった。男の子仕様に変わっている。その方が似合うと個人的には思う。
「カノンの服にも何か仕掛けがあるの?」
ふと気になって、質問した。自分でも何故そう思ったのかはわからない。だが、何故か特別製だと感じた。
「どうしてそう思うんだ?」
ロイドはにこやかに笑いながら問う。
試されているようでちょっと不快に感じた。
「教えない」
ボクはつんとそっぽを向く。
「拗ねた顔も可愛いね」
ロイドはにやにや笑った。
「ガチの変態だな」
ボクは引きまくる。
そんなボクの態度をロイドは全く気にしない。ハートがかなり強いタイプのようだ。
「服には刺繍がしてあるんだよ」
教えてくれる。
「見えない場所に?」
ボクは目を凝らした。ぱっと見、それらしいのはない。
「裏地に」
ロイドは答えた。
ボクは俄然、気になる。
「見てもいい?」
そわそわしながら、聞いた。
猫耳がぴくぴく動いているのが自分でもわかる。好奇心が抑えられなかった。
(そういえば、好奇心は猫をも殺すって言葉があったな。意味はよくしらないけど)
そんなことを考える。
「ノワールの足の指にマニキュアを塗ってもいいなら」
ロイドはすっとマニキュアの小瓶を取り出してボクに見せた。
ロイドは左手にだけマニキュアを塗っている。それは魔法強化関係の何かだというのがもっぱらの噂だ。しかし、ボクは違うと思っている。
「なんで?」
塗りたい理由を尋ねた。
「白い足に赤い色が映えて、可愛いから」
ロイドは即答する。
ロイドの行動にはあまり意味なんてない。あえて言うなら、可愛いものが好きなだけらしい。たぶん、左手のマニキュアも可愛いから塗ったとかそういう理由だろう。
「……」
ボクは少し迷った。だが、それくらいならいいかと思ってしまう。突きつけられる交換条件としては思っていたよりマイルドだ。
ロイドとの付き合いで、ボクの感覚もちょっとズレて来ているかもしれない。
「いいよ」
頷いた。
「!!」
ロイドは嬉しそうな顔をする。ボクの隣に移動した。
「なんでこっちに来るの?」
ボクは警戒する。シャーッと唸った。
「近づかなきゃ、塗れないでしょ」
もっともなことを言う。
「カノンには出来ないの?」
ボクはカノンを見た。ロイドに塗られるより安心・安全だ。
「カノンは何でも出来る訳ではない」
ロイドは否定する。
もっともだなとボクは納得した。
ペディキュアを塗るなんて、何の役にも立たない行動をさせる意味はない。そんな魔法陣、仕込んでいないだろう。
カノンはあくまで人形だ。指定された動きしか出来ない。
ロイドは自分の膝にタオルをかけた。
「足、出して」
そのタオルの上にボクの足を乗せる。
「小さな爪だね」
ロイドは愛しそうに目を細めた。
「何を言っても変態くさいから、黙って塗って」
ボクは促す。
ロイドは口を噤んだ。
真剣な顔でペディキュアを塗る。足の爪が赤く染まっていった。
それは白い肌との対比でとても目立つ。
(確かに可愛い)
自分でもそう思った。でも……。
「アルバートに見つかったら、叱られそう」
ボクは心配する。少なくとも、いい顔はしないと思った。
「迎えに来る前に落とせばいいよ」
ロイドは簡単に言う。
「それはそれで隠し事をするみたいでなんか嫌だ」
ボクは眉をしかめた。
「ノワールはいい子だね」
ロイドは微笑む。
「褒められている気がしない」
ボクは憮然とした。
ペディキュアが乾くのを待ちながら、ボクは約束通りにカノンの服の裏地を見せて貰う。カノンを座らせ、その膝に乗ろうとした。生乾きの爪をこすりそうになり、気づいたロイドに持ち上げられる。
ソファはちょっと危険なようだ。
検討の結果、カノンがテーブルの上に横になる。その上にボクが跨がった。
それだと足の爪がどこにもぶつからない。
跨がったまま、カノンの服のボタンを外し、着たまま服の裏側を覗き込んだ。
それは傍から見てかなり怪しいらしい。
「ノワールがカノンを襲っているようにしか見えない」
ロイドは楽しげに笑った。
「可愛い子が可愛い子を襲うのは絵になるね」
痛いことを言い出す。
「黙って」
ボクは冷たく言い放った。刺繍された魔法陣が物珍しくて、そっと触れる。魔法陣に手で触れる事ができるなんて、ちょっと感動した。なんとも不思議で面白い。
夢中になりすぎて、ノックの音に気づかなかった。
「ノワール、何をしているんだい?」
ルーベルトの驚いた声が響く。
「え?」
振り返ると、アルバートとルーベルトが立っていた。迎えに来て、ロイドに入れてもらったらしい。
アルバートはボクを見て固まっていた。
完全に誤解されている。
「違う。服に刺繍されてある魔法陣を見ているだけ」
ボクは言い訳した。
「テーブルの上で?」
ルーベルトは眉をしかめる。もっともな突っ込みだ。
「それはペディキュアがまだ乾いていないから……」
言い訳すればするほど不味い事になりそうな事に気づく。自分の足を見た。
これも叱られるかなと不安になる。
アルバートもボクの足を見た。そこに赤いものを見つけて、驚く。駆け寄って、ボクの足を掴んだ。血が出ていると思ったらしい。
「ネイルだよ」
ボクは説明する。
「ああ、そうか」
アルバートは露骨にほっとした。
「ケガじゃなくて良かった」
そう言って、頭を撫でてくれる。心配させたのだと思うと、ボクの胸は痛んだ。それと同時に、堪らない気持ちになる。
急に、寂しさに襲われた。
「アルバート」
手を伸ばし、抱っこを求める。
アルバートはボクを抱き上げてくれた。
ボクはアルバートに縋り付き、頬ずりする。離れていたが、何故か今さら寂しい。これが使い魔契約のせいなのかなんなのかはわからない。だが、離れているのは嫌なのだと強く思った。
「にゃあ~ん」
甘えた声を出す。
「寂しかったか? ごめん」
アルバートは謝った。
よしよしとボクをあやす。
違うのだが、違うと言えなかった。なんとも不思議な気分になり、何も言えずに黙りこむ。
「いいな~」
ロイドの羨む声が聞こえた。
ぎゅっとボクはアルバートにしがみつく。
アルバートもボクを抱きしめてくれた。
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