5-7 約束
寂しさというのは自覚すると大きくなるのかもしれない。その寂しさを埋めるように、ボクは甘えまくった。アルバートの首に腕を回してしがみつき、すりすりする。
人間に化けていても、ゴロゴロと喉が鳴った。こういうところは猫が残っているのだと、自分でも思う。
そんなボクを甘やかすことにアルバートは一生懸命だ。
寮まで戻る時間が惜しくて、ロイドの教官室のソファに座る。膝の上にボクを抱っこして、撫でまくった。頭を撫で、背中を撫で、頬を撫でる。ついでにあちこちにキスされた。
傍から見たら、バカップルが昼間からいちゃついているようにしか見えない。
「これ、相手が猫だってわかっているからアレだけど、普通にやっていたら大問題だな」
ロイドの呆れた声が聞こえた。でも、気にしない。
今のボクはデレることに一生懸命だ。どうにも気持ちが抑えられない。もっと可愛がって欲しいし、甘やかして欲しかった。この気持ちを消化しないと、とんでもないことになる気がする。
「少しすると落ち着くと思うので、見逃してください」
ルーベルトが頼む声が聞こえた。苦笑いしているのが気配でわかる。
(うん、そう、たぶん。もう少ししたら、この気持ちも落ち着く)
自分でもそう思った。もちろん、根拠なんてものはない。ただなんとなくそうであることがわかっていた。
それに、なんだか眠くなってきた。
お腹がいっぱいになると眠くなるのと同じことかもしれない。心が満たされたら、瞼が重く感じられた。頭がぐぐっと下がってくる。アルバートの肩に顔を埋めた。
******
そしてノワールは眠りに落ちた。
アルバートの首に腕を回して抱きついたまま、すうすうと寝息を立てる。顔を肩口に埋めていた。
「ノワール?」
アルバートが呼びかける。返事はなかった。そっと顔を覗き込むとノワールは目を閉じている。唐突に寝落ちしていた。
「可愛いが過ぎる」
身もだえながら、ぎゅっとノワールの身体を抱きしめた。愛しすぎる。
ノワールは猫にしてはかなり愛想の良い方だ。甘えるのを厭わない。自分が可愛いことを十分に自覚していて、それを最大限に活用していた。
わかっていても、アルバートは甘やかしてしまう。
本当に可愛いのだから、仕方ないと思っていた。それに、ノワールは無理難題を言うわけではない。どちらかと言えば、駄々は捏ねない方だ。高いものを強請ったり人の物を欲したりしない。
そういう厄介な貴族を沢山目にしてきたアルバートやルーベルトにとって、可愛がられたいだけのノワールなんて、性格まで可愛らしく思える。
アルバートはそんなノワールにメロメロだ。ノワールさえいれば何もいらない様子に、ルーベルトは心配もする。
だが、変な女や友達に引っかかるくらいなら、ノワールにメロメロな方がずっとましだろう。
ノワールは使い魔として契約しているので、何があろうとアルバートを裏切らない。その上、魔力が大きく魔法も使えた。学園でちゃんと学べば、これ以上ない護衛になるだろう。
父やアルバート、そしてルイが何を考えてノワールに魔法を学ぶ許可を出したかはわからない。しかし、ルーベルトにはがっつりそんな下心があった。
アルバートはいつ、誰に狙われるかわからない。四大公爵家の嫡男だからこそ、危険は多かった。だが、いつでもルーベルトが一緒にいれる訳ではない。しかし使い魔や従者ならアルバートの一部と見做されるのでどこにでも同行が可能だ。護衛としては最適だろう。
ノワールはアルバートを特別に思っているので、何があっても守るに違いない。
ルーベルトは少し肩の荷が下りた気がしていた。
「寝た……のか?」
唐突に寝落ちしたノワールを見て、ロイドは不思議そうに呟いた。少し前まで、ノワールは甘えまくっていた。その動きが止まったなと思ったら、程なく寝息が聞こえてくる。一瞬で寝落ちしていて、驚いた。
「なんでこんなに突然、眠れるんだ?」
疑問に思う。
「まだ子猫だからじゃないですか?」
ルーベルトは答えた。
「確か、まだ四ヶ月にもなっていないはずです」
その言葉に、ロイドはひどく驚く。
「いや、あれは見た目は子供だが、中身は大人にしか思えないぞ。少なくとも、子猫ではないだろう」
ロイドは否定した。
「ノワールはしっかりしていますかね」
ルーベルトは頷く。
「でも、子猫なのは事実です。疑うなら、休日に部屋に来てください。猫に戻って寝て過ごすノワールが見られますよ」
小さく笑った。それは半分、冗談だ。本気で誘ったわけではない。教官が特定の生徒の部屋を訪ねるなんてありえない。
来ないと思ったから、気軽に言った。
だが、ロイドは食いつく。
「それはぜひ見たいな」
そう言った。
「今週末、行っていいか?」
真顔で聞いた。約束を決めようとする。
自分から誘った手前、ルーベルトはダメとは言えなかった。
アルバートを見る。
「……」
アルバートはやれやれという顔をしていた。だが、断れないのはわかっている。小さく頷いた。
その顔は余計な事をするなと言いたそうに見える。
ルーベルトは心の中で謝った。本当に来るとはルーベルトも思っていなかった。
教官として、特定の生徒と親しくするのはよろしくない。そんなこと、ロイドが一番良くわかっているだろう。だが、それが問題にならないように手回しするくらいは造作もないようだ。
そういう自信があるからの返事なのだろう。ロイドを甘く見ていたことをルーベルトは反省した。
「どうぞ」
頷く。ロイドは時間までその場で決めてしまった。
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