5-8 週末
休日、ボクはアルバートに起こされた。額に、頬にとあちこちキスされて、目が覚める。
(さすがにうざい)
「にゃっ」
嫌だと手をつっぱり、アルバートの顔を押しのけた。
アルバートは素直に止める。
「ご飯の時間だよ」
嬉しそうに言った。
最近のアルバートのマイブームはボクを甘やかすことだ。特にご飯を食べさせたがる。
だが、平日はさすがにそんな時間はない。意外と学生は多忙だ。学園はわりとちゃんと学校としての体裁を保っている。毎日、宿題が出た。食事に時間をかける余裕はない。そんなことができるのは休日の朝食くらいだ。アルバートはたっぷり時間をかけて、ボクにご飯を食べさせるつもりらしい。
「……」
しかたないと思いながら、ボクは手を伸ばした。
抱っこを求める。
アルバートはボクを抱き上げて、リビングに運んだ。ソファに座らせる。
ボクはまだ眠くて、ぼーっとしていた。
アルバートはタオルを濡らして絞り、持ってきた。それでボクの顔を拭く。洗顔の代わりのようだ。
(面倒だから好きにさせよう)
黙って身を任せる。
テーブルの上にはすでに朝食が用意してあった。早めに運んで貰ったらしい。
アルバートはボクの隣に座ると、ウキウキとご飯を食べさせ始める。
(とっても面倒くさい)
心の中でぼやいた。食事くらい好きなように食べたい。だが、楽しげなアルバートの顔を見ていると、止めろと言えなかった。
(週に一回くらいなら我慢しよう)
こちらが折れる。
それにしてもアルバートは猫も真っ青なくらいツンデレだ。最初に会った時のあのツンとした態度は何だったのだと思うくらい、今はデレている。もっともあれは滅多に顔を合わせない母親に対して、いろんな意味で緊張していたというのもあるらしい。たぶん、アルバートは母親の事を好きではない。ルーベルトに意地悪するのではないかと警戒してもいるようだ。それがあの横柄な態度に繋がる。あれはアルバートなりの虚勢のようだ。
そう思うと、可愛くも思える。
にまっと笑ったら、頬にキスされた。
「?」
不思議に思ってアルバートを見ると、アルバートはにこにこと笑っている。
「ノワールは可愛いな」
真面目な口調でそう言われる。
「にゃあ」
とりあえず、返事しておいた。
いつもの倍以上の時間をかけて、ボクは朝食を食べた。
満腹になったボクは猫に戻ることにする。休日は基本的に猫に戻って過ごす事に決めていた。人の姿でだらだらしているとルーベルトに渋い顔をされるが、猫でならどれだけだらだらしても誰も文句を言わない。
魔法を解くだけなので、戻るのは簡単だ。猫に戻って、着ていた寝間着の中から抜け出す。脱ぎ捨てた服はアルバートが回収し、たたんでくれた。
ボクはソファに座るアルバートの膝の上で丸くなる。
アルバートはボクの身体を優しく撫でてくれた。その手が気持ちいい。うとうとと眠くなった。基本、猫の姿の時は寝ていることが多い。好きなだけ惰眠を貪ることにしていた。
いつもと変わりない休日を過ごす。
トントントン。
唐突にノックの音が響いた。
ボクの耳はぴくりと動く。丸まったまま顔は上げないが、意識はそちらに集中した。
寮の部屋に誰かが訪ねてくることはほとんどない。
ルーベルトが対応に出た。
アルバートは動きもしない。
ボクは小さな違和感を覚えた。アルバートもルーベルトも、誰か来たことに驚いていない。まるで、来客があることを知っていたようだ。
だが、ボクは何も聞いていない。
(何か変だ)
そう思った。
「どうぞ」
ルーベルトが迎え入れる声が聞こえる。
(えっ?)
ボクは驚いた。来客を確かめようと思って、顔を上げる。こちらを見ていた客と目が合った。
「ああ、本当に子猫なんだね」
感極まった声が聞こえる。
来客はロイドだ。
(ロイド?!)
予想外のことに、動揺する。
何故、ロイドが部屋に来るのか不思議だった。
教官が特定の生徒の部屋を訪問するなんて、考えなくてもよくないのはわかる。
だが、ロイドは全く気にしていない。
「触っていいかい?」
近づいてきた。
「にゃっ」
ダメというように、ボクは立ち上がった。アルバートの膝から逃げ出す。ルーベルトのとこに行った。
「にゃあにゃあ」
文句を言う。
(どういうこと?)
問い詰めた。
しかも、ロイドは1人ではない。
体躯のがっちりしたいかにも剣士というタイプの青年と、ラルフを連れていた。
その取り合わせもかなり謎だ。
ボクの苦情に気づいたのか、ルーベルトは口を開く。
「ロイド先生は猫の姿のノワールを見に来たんだよ」
説明された。
「にゃにゃっ(なんですって?)」
ボクは驚きの声を上げる。
「にゃにゃにゃにゃっ(そんな話、聞いていない)」
怒った。
猫の言葉なんてわかるわけないのに、ルーベルトはボクの言いたいことがわかったらしい。
足下にいるボクの身体を抱き上げた。
子猫の小さな身体は片手に簡単に納まる。
「言ったら、隠れるだろう? だから黙っていたんだ」
わざと言わなかったことを堂々と告げられた。にこりと笑う。その顔は少しも悪いなんて思っていなかった。
(ああ、そうだ。ルーベルトはアルバートのためになら鬼にも悪魔にもなれる人だった)
あらためて、それを思い出す。
何があったのかはわからないが、猫の姿のボクを見せることで、解決する何かがあったのだろう。
捕まえたボクをルーベルトはロイドに手渡した。
ロイド達はアルバートに促され、ソファに座っている。アルバートと向かい合っていた。
ボクはドナドナな気分になる。
ロイドは宝物でも扱うような丁寧さで、ボクの身体を受け取った。
「本当に小さいね」
声に感動が滲んでいる。
(ううう……)
心の中で、ボクは唸った。
引っ掻いて逃げ出す事もできるが、さすがにそれは可哀想だろう。傷つけるのを厭うくらいにはロイドに親しみを持っていた。
どう対応しようか迷っていると、ロイドにルーベルトが問いかける。
「ところで、今日いらっしゃるのは先生お一人だと伺っていたと思うのですが」
もう二人いるのは、ルーベルトとしても想定外だったようだ。
「ああ、それなんだけどね」
ロイドは小さく笑う。
「私用で生徒の部屋を訪ねたという事になると、問題になるかもしれない。だから、大義名分を作ってみたんだよ」
そんなことを言った。
(ん?)
ボクは首を傾げる。
だが、意味がわからないのはアルバートもルーベルトも同じようだ。
「どういう意味ですか?」
アルバートが問う。
「いろいろ腹を割って話したら、仲良くなれるかもしれないだろ?」
ロイドは食えない顔で笑った。
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