5-5 矜持。





 ノワールをロイドに預けた後、ルーベルトと2人でアルバートは剣術クラブに向かった。


「私のことなんて好きじゃないだろうに、どうして声をかけてくるのだろう?」


 ため息を吐く。

 昔から、ラルフには何かと絡まれる。四大公爵家の子息の中で、年が近いのは彼だけだ。

 そのせいか、昔から対抗心を燃やされている。

 正直、面倒くさいと思っていた。嫌いではないが、苦手意識がある。


「どうしても気になるのだろうね」


 ルーベルトは苦く笑った。

 アルバートと同様、ラルフのことは苦手に思っている。

 ラルフはアルバートには対抗心を持っているが、ルーベルトには仲間意識みたいなものを感じているようだ。親しくしたいとアピールされるが、その仲間意識がルーベルトは気に食わない。

 自分とラルフではあらゆる意味で立場が違った。正妻の三男で一族に必要とされていないラルフと、愛妾の子だが魔力的に一族に残ることが決まっている自分では、何一つ同じではない。

 仲間なんて思われるのは心外だ。ルーベルトは自ら望んで、アルバートのサポートに徹している。一族に強制されたわけではない。それがラルフには伝わっていなかった。憐れまれていると思うと、腹立たしい。


「あそこまで剣の腕を磨いたのなら、実家のことなんて気にせず、剣の道で生きていけばいいのに」


 アルバートはぼやいた。

 ラルフの剣は一流だ。十分に生計を立てられる。だが、ラルフは四大公爵家のしがらみに捕らわれていた。自由に生きていない。


「半端に家族の仲が良いのが、家族を捨てられない原因なのかもしれないね。いっそ、仲が悪ければ捨てやすかったのかもしれない」


 ルーベルトはちょっと同情した。

 グランドル家は家族の仲が良かった。当主は愛妻家で妻と子供達を可愛がっている。ラルフは三男だが家族には愛されて育った。

 三男だが捻くれずに育ったのは、そういう家庭環境が大きいだろう。

 ラルフ・グランドルは悪い人ではない。だが、昔からアルバートに対抗心を持っている。

 アルバートの方には競うつもりはなかった。そんなことをする理由がない。

 同じ四大公爵家として爵位は同等だが、自分とはかなり立場が違うことを昔からアルバートは知っていた。

 アルバートは嫡男で、後継ぎだ。魔力もかなり強いほうで、生まれて直ぐから嫡男として正式に一族に認められる。

 だがラルフは三男だ。

 跡継ぎは長男で、次男は長男に何かあった時のために一族に残ることが決まっている。

 三男のラルフは一族には必要とされていなかった。

 アルバートにとってもラルフは何者でもない。将来的に同じ四大公爵家として付き合わなければいけない長男や次男とは違い関わらなくてもいい相手だ。

 だが、向こうから来るから相手をするしかない。

 何かと勝負を挑まれて、迷惑していた。

 相手は二つ年上だ。子供の頃の二歳差は大きい。勝負する前から、勝負はついていた。

 いっそ悪い人だったら切り捨てることも出来るのに、厄介な相手ではあるが悪い人ではないから扱いに困る。

 嫌いではないが面倒だ。


「四大公爵家の誇りなんて、気にしなければいいのに」


 そんなものに捕らわれているラルフをアルバートは可哀想に思った。


「それが彼の矜持ですからね。四大公爵家として、ロイエンタール家には負けられないと思っているのでしょうね」


 ルーベルトはため息を吐く。


 学園の在学期間が重なるのは最初からわかっていた。

 剣術クラブで一緒になることも容易に予想がつく。

 ラルフの剣術の腕は一流だ。それは努力の賜物でもある。それに関してはアルバートもルーベルトも純粋に彼を尊敬していた。

 同じクラブに入らなければいいのかもしれないが、アルバートは剣術クラブに入りたい。顧問のカールは剣士として有名で、ぜひその指導を受けたいと思っていた。

 剣術クラブはけっこう人数が多いはずなので、同じクラブにいても必ずしも関わるとは限らない。できれば、ラルフとはあまり関わらずに課外活動を行おうとアルバートとルーベルトは思っていた。

 だが、最初からその目論見は崩れる。クラブに顔を出す前に声を掛けられてしまった。

 困ったことに、ラルフはノワールに興味があるらしい。

 珍しい獣人で、しかもあの容姿だ。ノワールはとにかく目立ち、いろんな人から興味を持たれている。

 その最たる例が教官のロイドだが、その一番厄介そうなところをノワールは下僕にしてしまったので、今のところ問題はない。


「ノワールを獣人ということにしたのは不味かったかな?」


 アルバートはぼやいた。あまりにもあちこちから興味を持たれている。


「いや、使い魔として連れてきても同じだっただろう。むしろ、さらに珍しがられたかもしれない。人の姿の方が、ある程度の事には自分で対処出来るからまだましではないかな」


 ルーベルトは冷静に分析する。


「それもそうか。どのみち、ノワールは目立つだろうな」


 アルバートは困った顔をしながらも、嬉しそうに笑う。なんだかんだいって、ノワールは自慢だ。見せびらかすのも悪い気分ではない。

 ノワールが自分に懐き、可愛く甘えてくる姿はむしろ自慢しまくりたい。


「課外活動の時間が終わったら、早く迎えに行ってやろう。寂しがっているかもしれない」


 真顔でそんなことを言う。


(いや、下僕が一緒だから大丈夫だろう)


 ルーベルトはそう思ったが、アルバートのために口にしなかった。







 ラルフ・グランドルは微妙な立場にいた。

 貴族としては十分な魔力を持っているが、四大公爵家の一員としては弱い。家族は誰もそのこと口にしなかったが、ラルフ本人はそのことを強く自覚し、後ろめたく思っていた。せめて女だったら、嫁に行って一族の役に立つこともあるのにと口さがない者たちが陰口を叩いていることも知っている。

 子供の頃から鬱屈したものを抱えていた。

 いっそ捻くれて性格悪く育てば、少なくともその鬱々としたものを良くない意味では発散できたかもしれない。だが、家族は優しかった。

 家族のことを考えると悪い人になることも出来ず、かといって鬱屈したものを手放すことも出来ず、なんとも中途半端な人間になる。


 とりあえず、ラルフは自分に不足している魔力をそれ意外で補うことにした。

 剣術に勤しむ。

 幸い、こちらの方は才能があった。筋肉がムキムキつくタイプではなく、細マッチョだがしなやかな筋肉が付く。

 すらりとしているのに、どんな大男にも負けなかった。

 ようやく、ラルフは自分の居場所を見つけたと思う。

 だがそこにアルバートがやってきた。

 自分ほどではないにしろ、アルバートもそれなりに剣の腕がいい。貴族としては十分すぎるレベルだ。

 ロイエンタール家の跡継ぎとして、当然のように様々なところで優遇される。

 そしてその優遇に相応しい結果を出していた。

 アルバートに悪意がないことはわかっている。彼はただ、剣術が好きなだけだ。

 だが結果として、ラルフは自分の居場所を取られたように感じる。嫉妬せずにはいられなかった。年も近く、昔から何かと比べられている。

 こういう時だけ、三男のラルフはグランドル家の代表みたいに扱われた。

 家名を出されたら、ラルフは頑張るしかない。

 三年生と一年生で、学園の在学期間が被ることはラルフにとっても気が重いことだった。

 しかも入学した当初から、アルバートのことは噂になっていた。

 とても綺麗な獣人を従者として連れてきたらしい。その獣人はまだ子供で、人形のように愛らしくて小さいそうだ。

 その子を見たさに、無駄に廊下を歩く上級生がかなりいる。アルバートがその子を連れて出てくるのを待っていた。

 ラルフも気になり、その子を見に行く。

 課外活動の見学のため、剣術クラブにアルバートが来ることはわかっていた。その前に捕まえようとする。

 見かけて、直ぐに声を掛けた。

 四大公爵家のアルバートに声を掛けられる人間はそういない。

 相手が自分であることはアルバートも一緒に居たルーベルトも直ぐに気づいただろう。少し表情を固くした。好かれていないことは知っている。

 噂の獣人を近くで見たくて、近づいた。

 人形のように整った顔立ちに、驚く。頭の猫耳がぴくぴく動いていなければ、生きていると信じられなかった。銀髪に陶器のような白い肌をしており、全体的に白い。その中で、左右の色が違う瞳だけが妙に目立っていた。

 触ってみたくなって、手を伸ばす。その瞬間、シャーと威嚇された。

 激しい拒絶に、内心、ひどく動揺する。

 だが、グランドル家の一員としてそれを表に出すことは出来なかった。強がり、虚勢を張る。

 その場に教官が現われ、場を収めてくれたことに一番ほっとしていたのは実はラルフだ。

 別にラルフはケンカを売りたかったわけではない。

 ラルフはなんとも不器用な人間だった。




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