5-4 課外活動見学会3



 ロイドはボクの手にキスした後、その手を引いてソファまで連れて行った。

 大人しくソファに座ったら、ロイドはソファとテーブルの間にしゃがみこむ。


「?」


 不思議に思っていると、僕の靴に手をかけた。


「え?」


 驚いている間に脱がされる。

 脱いだ靴は揃えてソファの足元に置かれた。

 さらに靴下にまでロイドは手を伸ばしてくる。


(ガチの変態?)


 慌てて、その手を払った。


「シャーッ!!」


 威嚇し、警戒する。逆立てる毛は今はないけれど、耳の毛はきっと逆立っていると思った。


「スリッパを履く時は靴下も脱ぐんでしょう?」


 ロイドは悪意のない顔で聞いた。


「え? スリッパ??」


 予想外の単語が出てきて、ボクは驚く。


「部屋の中ではスリッパというものに履き替えていると聞きましたよ」


 ロイドはそう言うと、スリッパを取り出した。

 いつの間にか、ロイドの足元に置かれている。カノンが運んできたようだ。


「そんなこと、誰に聞いたの?」


 ボクは困惑する。

 実はスリッパは巷ではなかなか評判がいいようだ。

 部屋の中を土だらけの靴で歩いて欲しくない奥様はわりと多いようで、街中では人気商品となっている。

 単価的には安いものだが、購入が家族の人数単位だったりするので数が出る。作り方も簡単で、靴屋はけっこう儲かっているようだ。ボクにも一定のマージンが入ってきている。

 アルバートやルーベルトも、楽だからなのか寮の室内ではスリッパに履きかえるのが習慣になっていた。たが、それはあくまで寮の部屋の中でだけの話だ。スリッパの件を学園内では特に広めたりはしていない。

 貴族が泥だらけの道を歩くようなことはないので、必要性が薄いと思っていた。無理に流行らす必要もない。

 ロイドがスリッパのこと知っているとは夢にも思わなかった。


「ノワールのことなら何でも知っていますよ」


 ロイドは怖いことを言う。


「ストーカー?」


 ボクは眉をしかめた。


「何ですか? それ」


 ロイドは首を傾げる。ストーカーなんて言葉、ここにはなかった。


「何でもない」


 ボクは答えなかった。

 ロイドも深くは追求しない。


「まあ、冗談はさておき。最近、町で流行っているという噂を耳にしましてね。気になったので、買いに行ったんです。その時、店主と少し話をしたのです」


 スリッパの件を説明した。


「店主がボクのことを話したの?」


 ボクは困った顔をする。特に口止めはしなかったが、べらべらしゃべられるのは困る。後で口止めしておこうと思った。


「いいえ。店主は何も。私が契約書を見て、ノワールが権利を持っていることを知ったんです」


 ロイドは答えた。魔法契約書は商業ギルドで保管されている。それは誰でも見ることが出来るそうだ。


「魔法契約書で権利が保護されていると聞いて、気になったんですよ。そこにノワールの名前を見つけて、驚きました」


 言葉とは裏腹に全く驚いていない顔で言う。


「ノワールは替わったことを思いつきますね」


 感心された。


「安いし、履き替えるのが楽だし、家の中が汚れないし。需要は高いようですよ」


 売れていることを聞いて、嬉しくなる。自分が欲しいから作ってもらっただけのものだが、誰かの役に立っているなら良かったと思った。


「靴下を脱いで、スリッパに履き替えませんか?」


 ロイドは提案する。


「いいよ」


 ボクは頷いた。

 ロイドはボクの靴下を脱がせる。まじまじと足を見た。


「ノワールは足も可愛いですね」


 真顔で呟く。ボクの足の甲を撫でた。


「変態っ!!」


 ぞぞぞっと背筋に悪寒が走った。

 慌てて、足を引っ込める。ソファの上で体育座りをする恰好になった。


「誉めただけなのに」


ロイドは不満な顔をする。


「誉め言葉じゃないから」


 ボクは反論する。


「可愛くて、食べちゃいたいくらいだと誉めたんですよ」


 ロイドは丁寧に説明した。なおさら変態くさい。


「なお悪い」


 ボクはどん引きした。


「そうですか?」


 ロイドは首を傾げる。

 そこで首を傾げる理由の方がボクには理解できなかった。


「まあ、いいですけど。それより、足を出してください。拭きますから」


 そう言った。

 スリッパを履く前に、足を綺麗にしろということらしい。


「自分で拭くからいい」


 ボクは断った。


「こういうのは下僕の仕事でしょう?」


 ロイドは引かない。


「……」

「……」


 ボクとロイドは暫し、互いを見合った。無言の攻防が繰り広げられる。

 結果、ボクが折れた。

 仕方なく、足を出す。スリッパは綺麗な足で履きたかった。

 ロイドはボクの足を丁寧に濡らして絞ったタオルで拭いていく。

 そのタオルはカノンが用意して持ってきた。

 いつ命令を出しているのか全くわからないが、カノンは絶妙なタイミングで必要なものを持ってくる。


(どういう仕組みなのだろう?)


 目を凝らすが、それっぽい魔法陣は見当たらない。

 もっとも、カノンに施されている魔法陣の半分以上は見たことがないものだ。その中に主であるロイドと意思の疎通が図れるような何かがあるのかもしれない。


(やらないけど、出来ることなら解体してパーツごとにカノンの身体を見てみたい)


 好奇心が疼いた。

 だが人形とはいえ、人の形をしているものを壊すなんて出来ない。


 ロイドは丁寧に、足の指の間まで拭いていった。 片足ずつ両方、ロイドはボクの足を綺麗にする。


「拭き方がいやらしい」


 ボクは文句を言った。


「気のせいですよ」


 ロイドは否定するが、嘘っぽい。だが、深く追求すのは止めた。突き詰める方が怖い。


「はい、どうぞ」


 ロイドはボクの足にスリッパを履かせてくれた。

 ボクがあの時作ってもらったのよりだいぶ可愛いスリッパだ。リボンやレースがついいる。

 サイズもほぼジャストだ。


「似合いますね。ノワールのために作ったんですよ」


 ロイドはウキウキとスリッパを履いたボクの足を眺める。

 オーダーメイドのようだ。


(それはそれでちょっと引く)


 そう思ったが、口にしないくらいの優しさは持ち合わせている。


「そんなことより、聞きたいことがある」


 ボクは話題を変えた。


「なんですか?」


 ロイドは聞き返す。その場で答えようとした。隣に座ろうとする。


「あっち」


 ボクは向かいの席を指差した。向こうに行けと促す。


「隣に座るのは駄目なんですか?」


 ロイドは不満な顔をした。


「ダメ」


 ボクは首を横に振る。向かいの席を指差し続けた。


「……」


 渋々という顔で、ロイドは向かい側に座る。

 少し距離が離れて、ほっとした。ロイドは行動力のある変態さんだ。注意しなければと思う。


「さっき、ボク達に絡んできたあれは誰?」


 気になっていたことを聞いた。


「ああ、あれは四大公爵家の一つ、グランドル家の三男・ラルフ様ですよ」


 ロイドは答える。


「なるほど。同じ四大公爵家だから偉そうなんだ」


 ボクは納得した。アルバートに対し、上からだったのでなんとなくそうではないかと思っていた。


「最上級生ですしね。性格は悪くはないですが、ちょっと尊大なところがあります。あと、三男という微妙な立場なので鬱屈したところも見えます。ロイエンタール家の嫡男であるアルバート様にはいろいろと複雑な気持ちがあるのでしょうね」


 ロイドはたいして興味がない顔で説明する。実際、彼には欠片も興味がないのだろう。その理由はなんとなくわかる。


「次男なら跡継ぎのスペアとして家に残される場合があっても、三男だとよくてどこかの婿養子かな。でも、あの魔力だとそれも微妙だね」


 ボクは勝手に分析する。

 ラルフの魔力は貴族としては普通レベルだ。でも、四大公爵家では普通というのは駄目だということに等しい。他より秀でているのが上位貴族の『普通』だ。アルバートやルーベルトは四大公爵家に相応しい魔力を持っている。単純に比べて、ラルフの魔力は2人の半分ほどだ。


「そう。普通の貴族ならまあ悪くはないけど、四大公爵家として駄目だね。だから彼はその足りない魔力を補うよう、剣術の腕を磨いた。なかなかいい腕をしているよ」


 ロイドは誉めるが心は篭っていない。剣術なんて、彼にはどうでもいいからだ。

 ロイドが興味を持つ対象は強い魔力か変わった魔力だ。だからラルフには全く興味がない。


「アルバートも剣術の腕はなかなかだよ」


 ボクは自慢した。


「知っているよ。だから、ラルフ様は複雑だろうね。魔力が強い上に、剣術の腕もある。その上、嫡男で跡継ぎだ」


 ロイドの言葉にボクは不安になる。


「混ぜるな危険、って感じだね」


 呟いた。


「あんまり、2人を一緒にしない方がいいんじゃない?」


 意味深にロイドを見る。


「何をさせたいんだい?」


 ロイドは苦笑した。


「剣術クラブの顧問って誰なの?」


 ボクは尋ねる。


「カールだよ。何も考えていない筋肉バカ。ただし、剣術の腕は本当に一流だ」


 その言葉には愛情が篭っていた。


「意外」


 思わず、呟く。


「仲良しなんだね」


 にっこりと笑った。

 筋肉バカとロイドなんて、相性が悪そうに思える。だが、ロイドはカールを嫌いじゃない。それがわかった。


「なんでそう思うんだ?」


 ロイドは困惑する。

 ボクはうーんと考え込んだ。


「剣術になんて1ミリも興味なさそうなロイドがちゃんと誉めたから」


 理由を答える。


「仲良しなんでしょう?」


 確認した。


「……幼馴染だ」


 ロイドは頷く。


「じゃあ、その幼馴染に忠告してあげたほうがいいと思う。四大公爵家の子息が怪我なんてしたら責任問題になるから。2人は出来るだけ、引き離しておけって」


 ボクはにっこりと笑う。

 会ったことはないが、カールは脳も筋肉のタイプだと思う。きっと何も考えていないだろう。


「それもそうだな」


 ロイドは頷く。


「忠告しておくよ」


 約束してくれた。


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