5-3 課外活動見学会2
去って行った上級生達を見送った後、ロイドはボクを見た。
「私の教官室まで、ノワールを送る途中だったのでしょう? ここで受け取りますよ」
そう言って、手を広げる。
「おいで」
抱っこする気満々で呼んだ。
だが、誰にでも抱っこさせるつもりはない。許しているのは、アルバートとルーベルトだけだ。
「にゃ」
僕はそっぽを向いた。嫌だという意思表示をする。
「今、嫌って聞こえました」
ルーベルトはぷっと吹き出した。
「気のせいですよ」
ロイドはむっとする。教官らしかぬ拗ねた顔をした。
「でも、これから見学会に参加するのでしょう? 一年生は時間中の出入りは自由ですが、入るところを決めているなら早目に行った方がいい。ノワールはここで引き取りますよ」
そう言う。それが善意なのはわかった。ロイドの言い分が尤もなのも。遅れてくる新入生より、早く来た新入生の方が印象はいいだろう。
ボクは自分で歩くことにした。
「にゃあにゃあ」
アルバートの服を引っ張る。下ろしてくれとジェスチャーで示した。
アルバートは言われるまま、ボクを下ろす。
ボクはロイドに近づいた。
「にゃあ」
手を差し出す。
「握れってことですか?」
ロイドは聞いた。
「にゃあ」
大きな声で肯定する。
ロイドはボクの手を掴んだ。
アルバートとルーベルトはボクの行動をじっと見ている。
ボクはバイバイとアルバートたちに手を振った。
「歩いて行くのか?」
アルバートは問う。
「にゃあ」
ボクは頷いた。
ロイドはボクに歩調を合わせて歩いてくれた。
ずっとにまにましているのは気持ち悪いが、ただの猫好きでいい人なのはわかる。
握られた手は強すぎず、弱すぎず、ちょうどいい加減だ。とても気を遣ってくれているのだろう。
「ぽてぽてと歩く姿も、ノワールは可愛いね」
そんな痛いことを真顔で言う。当然、無視した。
ロイドは無視されても別に気にしてない。自分が痛いことを言っている自覚はあるようだ。
そうこうしている内に、ロイドの教官室に着く。
「ちょっとここに触ってごらん」
ロイドはそう言うと、ドアの一部を指差した。そこには魔法陣がある。
「……にゃあ」
ボクは疑った。見たことがない魔法陣を不気味に思う。
「本当によく見える目だね」
ロイドは感心した。
「でも大丈夫。これは登録の魔法だよ」
説明してくれる。ここに魔力を登録すると、触れるだけでドアを開けることが出来るらしい。
生体認証的なもののようだ。とても便利だが、その言葉を本当に信じていいのか微妙なところだと思う。
「……にゃあ」
疑いの眼差しを向けた。
「自分の下僕なんだから、信じてよ」
ロイドは苦笑する。
そう言われると、ボクも弱かった。
「にゃあ」
少し迷ったが、言われた通りにドアに触れる。魔法陣が一瞬、虹色に光った。
(綺麗)
ちょっと見惚れる。
ドアはすっと開いた。音も無く横に開く。その自動ドア的な動きがこの中世ヨーロッパの時代感にはそぐわなくて不気味だ。
ぼーっと突っ立っていると、手を引かれる。そのまま中に進んだ。
ドアがシュッと微かな空気音のようなものを立てて閉まる。
「……」
それをボクは振り返った。
「どうかした?」
ロイドは尋ねる。
「なんでこのドア、横に動くの?」
質問した。
部屋の中には2人しかいない。だから話しても平気だ。
真っ直ぐロイドを見る。転生者ではないかと勘ぐった。
「その方が危なくないからだよ」
ロイドは答える。
「内側に引いても、外側に押しても、勝手にドアが開いたら危ないだろう?」
問われて、想像した。確かに、どちらも扉の近くに人がいたら危険だ。しかし、横開きならドアの近くに人が居ても問題ない。
「なるほど」
ボクは納得した。確かに、理にかなっている。
(じゃあ、転生者じゃ無いんだね?)
その一言は口に出来ずに飲み込んだ。転生者でなかった場合、転生者がなんなのかロイドは追求するだろう。その追求から、逃れることが出来るとは思えない。だが、アルバート達にも打ち明けていない秘密をロイドに教えるつもりはなかった。
「とりあえず、お茶にでもしよう。座って」
ロイドはソファを勧める。
ボクは素直にそれに従った。
ロイドはカノンに声を掛ける。
カノンは動きだし、お茶を淹れてくれた。いつ見てもその動きはなめらかで、感動する。起動している魔法陣がボクの目にはきらきら光って見えていた。
(芸術的)
感動しながら、じっと見てしまう。
「ずいぶん、お気に入りだね」
ロイドは苦笑した。
「ここに所属すれば、カノンみたいなのを作れるようになるの?」
ボクは聞く。
自分でも作ってみたいと思った。使い魔が人形を持つなんて、可笑しな話だけれど。
「いや、無理だね」
ロイドは即答した。
「カノンは私の最高傑作だよ。そう簡単に作られて堪るか」
そんなことを言う。
「心が狭いな」
ボクは呆れた。
「なんとでも」
ロイドは取り合わない。
「カノンに兄弟を作るという話は?」
ボクは小さく小首を傾げた。ちょっと媚びてみる。それを手伝えればと思った。
「ノワールにそっくりに作っていいなら、その話に乗ってあげるよ」
こちらの思惑を知った上で、ロイドは返事する。
「……それは嫌」
ボクは顔をしかめた。
「自分と同じ顔の人形に、ロイド先生がやりたい放題するのはすごーく腹が立つ」
ロイドを睨む。
「人聞きが悪いね。悪戯なんて、ちょっとしかしないのに」
ロイドは肩を竦めた。
「ちょっとはするのかよっ」
一応、突っ込んでおく。
「それより、課外活動の時間は始まっているのでしょう? 何で誰も生徒が来ないの?」
ボクは聞いた。
ドアが開く気配はまったくない。一応、誰かが入ってくるのではと気にしていた。
「ああ。うちは見学会はしないんだ。その期間中は、課外活動はお休みだよ」
ロイドは答える。
(ん?)
ボクは首を傾げた。
「ボクは今、何のためにここにいるの?」
意味がわからない。
「私と楽しくおしゃべりするためだよ」
ロイドは微笑む。
「~~~」
ボクはむっかりと顔をしかめた。
「帰る」
ソファを下り、ドアに向かおうとする。
「アルバート達は見学会で、まだ戻らないのに?」
ロイドは言った。
「迎えに来るまで、ここにいた方がいいと思わないかい?」
優しい口調で意地の悪いことを聞く。答えなど、決まっていた。
「下僕のくせに、生意気」
ボクは怒る。
仁王立ちで、ロイドを睨んだ。
「怒った顔も可愛いから、困るね」
ロイドはにこにこ笑う。
「見学会をしないのは毎年の事だけど、課外活動を休みにしたのはノワールのためだよ」
ゆっくりと近づいてきて、跪いた。ボクの手を取り、チュッとキスをする。
「他の生徒がいたら、ノワールは喋らないだろう? 私の研究会にはね、私が気に入った者しか入れないんだ。だから、見学会は開かない。それでもいつもは見学会とは関係なく課外活動はしているんだけど、今年はノワールのためにお休みにしたんだ。ノワールと二人きりの方がいろいろ話せて楽しいからね」
にこにこと微笑む。
「ボクは別に楽しくない」
つんとそっぽを向いた。しかし、そんなに悪い気分ではない。それはそれでなんだか悔しかった。
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