6-3 妖精
「なんとか?」
ボクは首を傾げた。
「授業の邪魔をされるのは困る」
ロイドは苦く笑う。ボクの下僕であるまえにロイドは教官だ。授業の続行を優先する。それは仕方ないとボクも思った。
「授業に出なくていいから、その子の相手をしていなさい」
ロイドはちらりと怒っている妖精を見る。
妖精は両腕を組み、空中で仁王立ちしていた。怒っているぞアピールをしている。
可愛くなくも無いが、とても迷惑だ。
ちなみに怒っているのは喋る子だけで、他の2人はただふよふよ浮いてこちらを見ている。
なにを考えているのかわからない分、それはそれで不気味だ。
しかし今はそれどこではない。
「にゃにゃっ」
ボクはショックを受けた。言葉が猫になる。
魔法の授業を楽しみにしていたのに、実技の授業から外されてしまった。
「授業が受けられないということですか?」
それにはルーベルトも不満の声を上げる。魔法を上手く扱うにはコツがあった。授業ではそれを習う。それを受けられないのはとても不利だ。
「後で個別に補習するよ。ちゃんと他のみんなと同じ事は教えるから、安心しろ。でも、今は無理だ。怒ったその子が邪魔をするだろう」
ロイドは妖精を指さす。だが、アルバートにもルーベルトにも妖精は見えていなかった。
2人は何もない空中に訝しい顔をする。
「何の話ですか?」
アルバートは首を傾げた。
「そうか。見えないか」
ロイドは苦笑する。ボクを見た。
「手を」
ロイドはそう言って手を差し出した。
わけがわからないまま、そこにボクは手を置く。もう片方もと言われて、両手を取られた。
両手の甲にちゅっちゅっとロイドはキスをする。
「……」
冷たい目でボクはロイドを見下した。こんな時に何をするのだと、呆れる。ロイドは違うと首を横に振った。
「視界共有の魔法陣を与えただけだよ」
そんなことを言う。確かに、手の甲を見ると魔法陣が付いていた。左右の手に一つずつ。
(でもたぶん、キスする必要なんてないと思う)
ボクは確信した。もっと他にやり方があるだろう。どさくさに紛れて、ロイドは楽しんだのだと思った。だが、今は魔法陣の方が気になる。
「2人と手を繋いでごらん」
言われるまま、ボクはアルバートとルーベルトの手を握った。
「あ……」
アルバートが声を漏らす。ルーベルトと2人、同じ所を見ていた。
「見えるだろう?」
ロイドは問う。
「見えます。小さい……妖精が浮かんでいる」
アルバートは答えた。
「一時的にノワールの見えているものが手を繋いだ相手にも見えるようにした。これで何が起こっているのか、君たちにもわかるだろう? そういうことで、私は授業に戻るけど君たちはその子をよろしくね」
ロイドは妖精を指さすと、自分を待つ生徒達の所に戻っていく。
ボクたちはみんなから離れた場所に隔離された。
「え~」
ボクは不満な顔をする。去って行くロイドの背中に不満をぶつけた。だが、他の生徒の時間を無駄にするのはしのびない。諦めもそこにはあった。
「とりあえず、その子ときちんと話し合ったらどうだ?」
ルーベルトは勧める。妖精を不思議そうに見ていた。
妖精は適正のある人間にしか見えない。いるとは聞いたことがあるが、ルーベルトも見るのは初めてだ。実はかなり興味がある。
「会話も出来るんだろう?」
ノワールに尋ねた。
「うん」
ボクは頷く。だが、あまり気は乗らなかった。妖精にはさほど興味がない。だが、このままでいい訳がないのも確かだ。
きょろりとボクは辺りを見回す。座って話が出来る、落ち着ける場所を探した。
直ぐ側には森があり、座れるような切り株があった。
ボクは腰掛けたアルバートの膝の上に抱っこされる。片手でアルバートに触れ、片手はルーベルトに握られていた。
妖精達はボクたちが移動すると呼んでもいないのについてくる。
「ねえ。なんで邪魔をするの?」
ボクは問いかけた。
(ボクの相手をしないからだ)
妖精は答える。それは声として音になっていなかった。心の中に直接、響く。
「今の声、聞こえた?」
ボクはアルバートとルーベルトに聞いた。
「いや、喋っているのはわかったけど、声は聞こえなかった」
ルーベルトは答える。残念な顔をした。
視界を共有するだけだから、声までは聞こえないらしい。
そのことに少しだけボクは安心した。妖精が何を言うのかわからないので、怖い。
なんだか嫌な予感がした。
「相手をしないって言われても、別に呼んでもいないのに。なんで、ボクの所に来たの?」
尋ねる。
(お前、変。だから見に来た)
凄く偉そうに上から言われた。
(入れ物と中身が違う。すごく、アンバランス)
その言葉に、ボクは内心ドキッとする。猫の身体に人の魂が入っていることを指摘されている気がした。自分が転生者であることをボクは誰にも言うつもりはない。厄介な事になる気しかしなかった。
(その話、誰にもしないで)
ボクは頼む。
ロイドは見える。もしかしたら、声も聞こえるかもしれない。知られるのはよくない気がした。口止めする。
その言葉に、妖精は嬉しそうに笑った。
(いいよ。どんな対価を払う?)
尋ねる。タダで口を噤んではくれないようだ。しかしその顔に悪意はない。面白がってはいるようだが、悪気はないようだ。
「何が欲しいの?」
ボクは逆に聞く。妖精が欲しがるものなんてわからない。
それを聞いて、アルバートは眉をしかめた。
「ノワール、何の話をしている?」
心配して、尋ねる。ボクの言葉から、何か求められていること察したらしい。
「大丈夫。どうすれば大人しくしてくれるか聞いているだけ」
ボクは嘘にならない嘘をついた。全部は本当ではないが、全て嘘でもない。だが、本当の事は言えなかった。
「その前に、ノワールの所に来た理由はなんだったんだ?」
ルーベルトは聞く。ボクが聞いた答えが気になっていたようだ。
「獣人が珍しかったみたいだよ」
ボクは答える。また嘘を吐くのが心苦しかった。嘘を嘘で塗り固めていくのが辛い。胸がちくちく痛んだ。
(じゃあ、遊べ)
妖精は答える。
「遊ぶの?」
意外な言葉にボクは驚いた。そんなことでいいのかと、戸惑う。
妖精はこくりと頷いた。
「いいよ。何して遊ぶ?」
ボクは尋ねる。
妖精はニッと笑った。
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