6-2 実技場。
座学のテストが終わった翌日からは、やっと魔法を実際に使う授業が始まる。
ちなみに昨日の放課後は座学の補講があった。80点以下は強制参加という厳しいものだが、生徒から不満は出ない。何故なら、座学の内容は次の実技に繋がるものだからだ。座学を理解していないと、実技の方に問題が生じる。だから、補講を受ける生徒も必死だ。学園での成績が、今後の貴族人生に大きく影響する。
今日からの実技もボクのようにウキウキと楽しみにしている方が少なかった。みんなどこか硬い顔をしている。
始業を待つ教室の中はいつになく沈んでいた。
(空気が重いっ)
息苦しさを覚える。なんとかすることにした。こちらまでメンタルが削られる。
「にゃあ」
可愛らしく鳴く。いつもお菓子をくれる女の子のグループの方を見た。
「なあに? ノワールちゃん、お菓子が食べたいの?」
にやあにゃあ訴えかけるボクに女の子の一人がそう聞く。
「にゃあ」
ボクはひときわ大きく鳴いた。別にお菓子が食べたいわけではないが、くれるならやぶさかではない。
「いいわよ」
女の子はふっと笑う。張り詰めていた緊張が緩んだ。
「にゃあ」
嬉しいとボクは目を輝かせる。
お菓子をくれた女の子は一人ではなかった。次々、ボクにお菓子を与えに来る。
最近はわざわざ、一口で食らべれるサイズの菓子をみんなが持ってくるようになった。自分の手でボクに食べさせるのが楽しいらしい。
ボクはにこにこと菓子を食べる。もちろん、その笑みは故意だ。ボクがそうすることで、相手も笑顔になる。
可愛い子の可愛い表情は鉄板だ。どこか張り詰めていた教室の空気が和らいでいく。
「ノワールちゃんを見ていると、幸せな気持ちになるわ」
菓子をくれる女の子の一人がそう言った。
それはそうだろう。そうなるべく、ボクは努力をしている。鏡の前で可愛い顔の研究だってしていた。可愛いのは偶々ではない。相手からどう見えるのかも常に意識していた。
今のボクなら、きっとそこらのアイドルには負けないと自負している。
「にゃあ」
だめ押しでもう一度、可愛く鳴いておいた。
はうっと教室中が息を飲むのを感じる。みんなメロメロになっていた。
肩の力がいい感じに抜けている。
そのタイミングで鐘が鳴り、担当期洋館であるロイドが教室に入ってきた。室内をくるりと見渡し、小さく笑う。
「新入生の実技初日はたいていの生徒は緊張でがちがちになっているものだが、今年は大丈夫そうだね」
そんなことを言いながら、ボクを見る。
ボクはその視線を無視した。すりっとアルバートに甘えると、アルバートがボクを膝の上に抱く。大切なものを守るように、抱きしめられた。
「それでは、実技場に向かおうか」
ロイドは言う。その言葉に生徒は立ち上がった。
実技場は実は構内にはない。王都の中で魔法が暴走すると危険だから、辺境地の辺りに人がいない平原に作られていた。そこへはどこでもドアみたいなものを通っていく。転移魔法の一種だ。学園と平原の両方にドアがあって、二つの間は繋がっている。そのドアは教官しか開ける事が出来ない。それも、全ての教官に開ける資格があるわけではなかった。ロイド他、数人しか権利を持っていないらしい。
生徒にとっては、そのドアを通り抜けることもドキドキだ。他者を転移させる魔法なんて普通は体験できない。学園に通う者だけの特別な体験だ。
ボクはアルバートに抱っこされてドアを通る。
一歩足を踏み出したらもう目的地なので、自分が転移した感覚は全くなかった。
(なんてファンタジー!!)
それはそれで感動を覚える。
たった一歩進んだだけなのに、そこは平原だった。草原があり、奥には森があり、そのさらに奥には連なる山々が見える。
(ここはどこなのだろう?)
連なる山脈を調べれば場所が推定できる気もした。だが、誰もそんなことは望んでいないのだろう。
一瞬で場所を移動したことに、生徒たちは皆興奮していた。遠足に来た子供みたいになっている。緊張でがちがちになっているよりよっぽどいいだろう。
「にゃあ」
自分の足で歩きたくて、ボクはアルバートの服を引っ張った。
「下りたいのか?」
アルバートは問う。
「にゃあ」
ボクは頷いた。
そっと下に降ろされる。草を踏んだ足下がちょっとふわふわした。吹いてくる風が緑の匂いを含んでいる。
(ああ、凄い)
感嘆した。
この場所が実技場として選ばれた理由がわかった。それは人がいない僻地だからではない。むしろ逆で、ここにあるものがいるからだ。
そのあるものは風に乗ってやってきた。ふわふわふわふわボクの周りを飛んでいる。
ボクはそっとそれに触れようとした。
手を伸ばすと、その手をアルバートに握られる。
「にゃっ?!」
ボクはびっくりした。
「何が見えているんだ? ノワール。だが見えていても、迂闊に触ってはいけない」
アルバートに叱られる。
恐らくそうだと思ったが、目の前のそれが見えているのはボクだけのようだ。相変わらず、ボクの目はよく見えるらしい。
そのあるものはボクの前世の知識で言えば妖精だ。10センチくらいの人の形をしていて、背中に透明な羽根が付いている。その羽根はトンボに近い。羽根は2枚なのもいれば4枚なのもいた。浮かんでいるが、羽根を動かしたりはしていない。
(何故、浮かんでいるのだろう?)
不思議に思った。
(知りたい?)
耳ではなく、心に直接声が届く。それは子供の声だった。男の子なのか女の子なのかはわからない。
(教えてくれるの?)
ボクは尋ねた。
(うーん。どうしようかな…)
もったいつける。
(じゃあ、いいや)
ボクはあっさり、諦めた。興味はあるが、恩着せがましくされるほどの事ではない。
(はあ? 諦めるなよ)
妖精が怒る。ふわふわと浮かんでいる子は3人ほど居るが、話し掛けてきたのは今怒っている濃い緑色のワンピースみたいなのを着ている子のようだ。ちなみに残りの2人は我関せずって顔をしている。ただボクの事を観察していた。
(今、授業中だから忙しい)
ボクはそう言う。
実際、ロイドが生徒たちに集まるように声を掛けていた。好き勝手に辺りを散策していた生徒達がロイドの所に戻る。ボクもアルバートに手を引かれて歩き出した。
妖精達は付いてくる。羽根をぱたぱた動かしていた。移動するときは羽ばたく必要があるらしい。
(なるほど。羽根移動する時に必要なのか)
ボクは勝手に納得した。
(おいっ、勝手に納得するな)
相手にされなくて寂しいのか、妖精は怒る。
(怒りっぽい妖精だな。今は忙しいから、後でね)
ボクは宥めた。だがそれが妖精は気に入らなかったらしい。
ゴオォ……。
そんな音を立てて、強風が吹いた。風が吹き抜けていく。それは一瞬のことだ。だがその一瞬で、驚かすのは十分だった。
「きゃっ」
「うわっ」
生徒達が声を上げる。
ロイドがこちらを見た。風の出所に気づいたのだろう。
目を見開き、困惑した。
生徒達にその場にいるように言って、こちらに来る。
「アルバート、ノワールを連れてこちらへ」
生徒達が集まっているところからボクたちを引き離す。もちろん、ロイドは呼ばなかったけれどルーベルトも一緒だ。
ロイドもそれについて何も言わない。
「ノワール、それはどうした?」
生徒達に声がきこえないところで、ロイドはボク尋ねた。それが何を指すのかは確認しなくてもわかる。ロイドにも見えているのだ。
「知らない。勝手に寄ってきた」
ボクは答える。それ以外、答えようがなかった。
「そうか。話は後で聞く。とりあえず、怒っている子をなんとかしてくれ」
ロイドは困った顔で怒っている子を見た。
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