6-1 繋がり。





 学園が始まって、一月が過ぎた。それはつまり、座学の授業が終わって実践が始まるということになる。

 そしてその前に、生徒の理解度を測るためのテストがあった。


(意外とちゃんとしているんだよね)


 ボクは感心する。最初、貴族だけを集めて魔法を教える学校と聞いていた時にはもっと緩い学校を想像した。相手は貴族だ。わがままは言いたい放題だろう。

 だが、実際は違った。生徒である貴族の子弟はみんな真面目に授業を受けている。

 金持ち喧嘩せずっていうあれかな?と思ったけど、それも違うようだ。

 この国では魔法が使えるとか魔力が強いとかは絶対的な優位性を持つ。つまり、魔法がどの程度使えるのは貴族としてとても重要なことだ。

 そのため、みんな真剣に学ぶ。魔法を教えてくれる学校は国の中でただ一つ、ここだけだ。ここでの学習が自分の将来に直結する。

 大学に入ることが目標で、大学に入った途端に目的を失って堕落する大学生みたいな人間はここにはいない。

 そしてボクも授業はとても真面目に受けていた。ボクの場合は単純に面白いからだ。魔法が使えるファンタジーな世界を体験できるなんて夢にも思わなかった。ワクワクドキドキする。

 前世でもボクは学校の成績はいい方だったが、それは別に好きで勉強していたわけではない。勉強するのが学生の義務だと思っていたからだ。だが、今のボクにそんな義務はない。アルバートの使い魔ではあるが、別にアルバートはボクに魔法が使えるようになって欲しいとか望んでいない。望んだのは、自分だ。自分で選んだ事だから頑張れるし、幸いな事にボクには才能がある。魔力も強いし、センスもいいようだ。たぶん、魔力の使い方を具体的にイメージ出来るからだろう。

 そんな自分の才能にボクはウキウキしていた。

 やりたいことが出来るのは楽しい。


 そして座学も基本的には中学生レベルなので余裕だ。

 生徒数が少ないので、テストは終わると直ぐに採点され、返ってくる。放課後には全部のテスト用紙が戻ってきた。


「にゃあ」


 教室で、返ってきたばかりの座学のテスト結果をボクはアルバートに見せた。


(さあ、褒めろ)


 期待に満ちた目を主に向ける。

 テストはいずれも満点だ。受けているときも余裕と思っていたが、さすがにオール満点は予想していなかったので驚く。嬉しくて、口元がにやけた。


「……」


 アルバートは少し複雑な顔をする。


「主よりいい点を取るのは控えてくれ」


 そんなことを言った。もちろん、本気ではない。だが、あながち冗談ではないのだろう。

 アルバートもテストの点数はかなり良かった。だが、オール満点ではない。主として、使い魔より劣るのはどうだろうという葛藤があるようだ。


(仕方が無いよ。もともと受けている教育のレベルが違うもん)


 心の中でそう思うが、そんなこと言えるわけがない。そもそもそんな慰め、求めていないだろう。


「にゃあ、にゃあ」


 だからボクは何も気づかないふりをして、ただ褒める事だけを求めた。

 執拗に褒めろと訴えるボクにアルバートは苦笑する。

「ノワールは凄いね」


 頭を撫でてくれた。

 そんなアルバートにボクは抱きつき、すり寄る。

 アルバートは膝の上にボクを抱っこした。ぎゅっと抱きしめる。

 ボクもアルバートにしがみついた。


(大好きっ)


 そんな気持ちが溢れる。そしてそれはたぶん、繋がっているアルバートにも届いているはずだ。

 アルバートの心が満たされていくのがわかる。

 少し尖っていた感情が丸く穏やかになった。


(繋がっていて、良かった)


 そう思う。アルバートの心境の変化が伝わってきた。


 アルバートが怒ったり不安になったりすると、その感情はボクの中にも流れてくる。

 好きとか愛おしいとかいう正の感情より、怖いとか怒りとかそういう負の感情の方が何故か伝わりやすかった。もしかしたらボクがそれを引き受けることにより、アルバートの負の感情は減るのかもしれない。

 もしそうなら、どんどん引き受けてあげようと思う。

 精神年齢はアルバートよりボクの方がずっと大人だ。そういうのも対処出来る。


(好き、好き、大好き)


 まずはアルバートにそれを伝えることにした。抱きついて、すりすりして、甘える。


「アルバート様はいいですわね。ノワールちゃんに愛されていて」


 それをみた女の子が羨ましそうに呟いた。


「ノワールは私のものだからね」


 まんざらでもない様子で、アルバートは答える。

 アルバートは基本、女の子には優しくない。まだ婚約者のいないアルバートは優良物件として女の子たちに狙われていた。

 本人もそれを理解している。下手に優しくすると、噂が立つ。特定の人物に優しくしたりすることがないよう、みんなに冷たい対応をしていた。

 だが、ボクに関する話題の時だけは対応が違う。ボクの話になると、アルバードのガードは緩んだ。最近はそれに気づいた女の子が、ボクの話題でアルバートに近づくようになっている。

 この子もそんなボクをだしにしようとしている一人かもしれないと、ボクは警戒した。さりげなくルーベルトもアルバートと女の子の会話に混ざる。


「アルバートは甘やかしすぎだけどね。いくらノワールが可愛いからって、あまり甘やかすとダメな子になるよ」


 苦言を呈した。

 だが本当にルーベルトが言いたいのはそんなことではない。『アルバートはノワールに夢中だから貴女に目を向けることはありませんよ』--と言外に言っていた。そういうつもりで近づいた子には伝わるし、そんなつもりのない子にはそれは言葉通りの意味に聞こえる。


「ダメな子に? こんなに賢く可愛いノワールがダメな子になんてなるわけないだろう」


 わりと本気で否定され、さすがにボクもちょっと恥ずかしくなった。

 アルバートは完全に親バカだ。ボクを溺愛しすぎている。

 だがボクが賢いのも可愛いのも事実だ。


「にゃあ、にゃあ」


 ボクは甘えて、じゃれる。

 そんなボクにアルバートはメロメロだ。


「さあ、帰ろうか」


 アルバートはボクを抱っこしたまま、立ち上がる。

 実はボクたちは所用で席を外したルーベルトを待っていた。ルーベルトが戻ったので、教室に残っている必要はない。


「そうですね」


 ルーベルトがボクとアルバートの荷物を持つ。


「それでは皆さん、また明日」


 ルーベルトが僕たちの分も同級生達に挨拶した。

 ボクはアルバートに抱っこされた状態で、残っている生徒達の様子を見る。

 気になる表情をしている子が一人二人居た。




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