2-8 翌朝
翌日、目が覚めるとボクはベッドにいた。
眠っても、魔法は解けないのだと知る。人間に化けたままだ。頭を触ると、猫耳は残っている。
隣ではアルバートが寝ていた。どうやら、アルバートが自分のベッドに入れてくれたらしい。
(……お腹空いた)
空腹を覚えた。
「アルバート……様?」
なんて呼ぶのが正解かわからなくて、呼びかけながら小さく首を傾げる。呼び捨ては不味いかなと思った。
ゆさゆさと隣にある身体を揺り起こす。
(寝顔がめちゃくちゃ綺麗)
思わず、うっとりと眺めてしまいたくなった。だが、そんな気持ちを空腹が上回っている。
(そういえば昨日はいろいろあって、食事は出かける前に食べた朝ご飯だけだった)
猫としての食事は一日、2回だ。朝と夜だけだが、昨日は疲れて夕方前に寝てしまった。夕食の時間を飛ばしてしまう。おかげで、お腹はぺこぺこだ。
「ごはん~」
叫びながら揺らすと、アルバートは目を開ける。
「お腹、空いた。ごはんちょうだい」
甘えるように強請った。自分の可愛らしさは最大限、活用する。
アルバートはそれを見て、ふっと笑った。
「可愛いな」
そんなことを言いながら手を伸ばし、ボクの頬に触れる。さわさわと撫でられた。その手は気持ちいいけど、今はそれよりごはんが欲しい。
「ごはん」
もう一度訴えると、引き寄せられた。抱き込まれる。
(!?)
意味がわからなくて困惑していると、アルバートは再び眠りに落ちようとしていた。どうやら、寝ぼけているらしい。
軽くイラッとするのは空腹のせいだろう。お腹が空きすぎて、気が立っていた。
ガブリ。
アルバートの首筋に噛みつく。もちろん、甘噛みだ。本気で噛んだ訳ではない。
「!?」
さすがに、アルバートは目を覚ました。
「何?」
首筋に手を当てて、こちらを見る。
「ごはん」
怒って、アルバートを睨んだ。
「噛んだのはお前か」
アルバートは状況を把握する。苦く笑った。
「人を噛んだら駄目だろ?」
諭される。
「ごはんをくれない方が悪い」
むーっと頬を膨らませると、アルバートは身を起こした。
「わかった、わかった。猫のごはんと人間のごはん、どっちがいい?」
問われる。
「人間のごはん!!」
即答した。
「わかった。用意させる」
アルバートは約束する。
気づかれないよう、ボクは小さくガッツポーズした。
着替えは最初から用意されてあった。
小さな子供服はルーベルトやアルバートのものらしい。公爵家に相応しく、生地が立派だ。
着替えると、食堂に連れて行かれる。手を繋いで、アルバートと歩いた。歩調を合わせてくれるのが優しい。
(こんなに優しい人なのに、初対面の時はなんであんなにぴりぴりしていて怖かったのだろう?)
不思議に思った。少し考えて、理由に気付く。あの場に夫人がいたからだろう。アルバートは何故か彼女を警戒していた。
いろいろ複雑な事情があるのだろうと察する。もちろん、猫の自分が口を挟むような事ではない。
そんなことを考えている間に、食堂についた。先にいたのはおじいさんだけで、公爵とルーベルトの姿はない。
「おはよう」
アルバートは挨拶した。
「おはようございます」
おじいさんは優しい声で返す。しかしその目は真っ直ぐ、ボクに向けられていた。
探るような目が、痛い。
食堂にはボク用に座面が高い子供用の椅子が用意してあった。
「ナイフやフォークは使える?」
アルバートは問う。
「うん」
こくこくと頷いた。何も考えずに返事をしてから、しまったと思う。猫がナイフやフォークを使えるのは可笑しい。
何、それ? --と聞くのが正解だった。
「ナイフやフォークも使えるのか」
おじいさんの目が鋭くなる。
「使っているのを、見たから」
ボクは言い訳した。
「魔法書が読めるのも可笑しいと思っているのだが、どこで文字を覚えたのかな?」
さらに聞かれる。
「文字はあの家でお母さんが子供に教えていたのを見て一緒に覚えた」
嘘ではないから、堂々と答えた。ブリーダーの家では毎日、お母さんが子供に文字を覚えさせようとしていた。
「あの家にいたのは2ヶ月だろう? 覚えられたのか?」
おじいさんは疑う。
「うん」
ボクは頷いた。文字の読み方を覚えるだけだったので、そんなに難しくない。
「……」
「……」
不自然な沈黙が流れた。
「質問はそのくらいでいいだろう?」
アルバートはまだ何か聞きたそうにしているおじいさんを遮る。
「そうだな」
おじいさんは引いた。
公爵とルーベルトが来るのを待って、朝食が始まる。
(約、2ヶ月ぶりの人間の食事。……どうしょう、涙が出そう)
感極まった。
ブリーダーの家でも離乳食みたいなご飯は出てきた。だが、それは美味しくはない。当たり前だが、味付けはなしだ。それは元・人間のわたしにはかなり寂しい。
(人の姿に変身すれば、美味しいご飯が食べられるんだな)
そう学習する。嬉しさのあまり、何も考えずに普通に食べてしまった。途中で、もっとぎこちなく食べるべきだったのだと気づく。
周りの視線が突き刺さるように痛かった。
(でも今さら、ぎこちなさを演出しても逆に怪しいよね)
いろいろ考えて、開き直ることにする。どう頑張っても、誤魔化せそうにない。それより、せっかくの料理を美味しく味わいたい。
さすがに貴族だけあって、食事の内容は豪華だ。朝からけっこうな量が出る。
小さな猫の胃に収まるのか?と思ったが、いくらでも食べられた。むしろもっと食べたい。身体が維持の為にエネルギーを必要としているのかもしれない。
「ナイフやフォークの扱いも普通に出来るんだな」
ぼそっと公爵が呟いた。
「……にゃあ」
気まずくて、ボクは一声鳴く。一応、猫ですよとアピールしておいた。
「そういうの、気にしたらきりが無いんじゃない?」
ルーベルトは苦笑する。ノワールを見た。
「でも、どんなにお腹かが空いてもアルバートを食べては駄目だよ」
にっこりと諭す。アルバートの首筋に歯形が残っているのに気づいていたようだ。あんな小さな歯形はボクしかいない。犯人は明確だ。
ぞわぞわっとボクの背筋が震える。本能的に危険なものを察知した。
「ごめんなさい」
素直に謝る。
優しい笑みを浮かべたルーベルトの目が全然笑っていないのが怖かった。
(怖い人はこっちだった)
そのことに気づく。猫の勘で危険を察知した。怒らせてはいけないのは誰か、はっきりと認識する。
ルーベルトはなんだか黒かった。
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