2-7 使い魔と従者
暢気に欠伸をした後、そのままノワールは寝てしまった。自分の事が話し合われている最中に寝てしまうなんて、なんとも大胆だ。肝が据わっている。
部屋にいる全員が寝てしまった子供を見つめた。
「なんていうか、剛胆だね」
呟いたのはルーベルトだ。
「この子は本当に猫なのか?」
公爵は信じられないという顔をする。
「なんで猫が魔法書を読めたり、支障なく会話が出来たりするんだ?」
当然の疑問を口にした。
「さあ?」
アルバートは首を傾げるしかない。説明できることは何もなかった。
そもそも、ノワールが変身した場面を見てもいない。だが、触れていると確かに繋がりを感じる。それはこの子が自分の使い魔であることの証だろう。
「いったい、ルイは何を連れて帰ってきたんだ?」
公爵の目は大叔父に向けられた。
問われた本人はただ困る。
「ただの猫ではないのはわかっていたが、こういう方向のただ者ではないとは思っていなかったよ」
言い訳した。
「それにしても驚いた。この子は自分の魔法を失敗したと誤解しているが、実は失敗なんてしていない。ちゃんと成功している」
困惑を顔に浮かべる。
「変身魔法はそんなに簡単に成功する魔法ではないだろう? ちゃんとした詠唱、相応の魔力、才能が必要なはずだ」
公爵は呟いた。眠るノワールを見る。アルバートの腕の中で、少し身を丸めるようにしている姿はただの子供だ。とてもそんな凄い魔法を本で読んだだけで出来るようには見えない。
「それらが揃っているんだろうな、その子に」
ルイもノワールを見た。
話題の主はすやすやと気持ちよさそうに寝ている。魔法を使って、疲れたのかもしれない。
「成功しているのに、何故、猫耳が残っているんだ?」
アルバートは首を傾げた。そっとノワールの頭を撫でる。猫耳がぴくぴく動いた。
「それは使い魔だからだ。耳につけたその証は、主であるアルバートの許可が無ければ隠すことが出来ない。どこにいても、どんな姿であろうと、主が見分けられるように」
だから証がある耳だけが残った。つまり、魔法は成功している。耳については不可抗力だ。
「じゃあ、完全に消して人間のように生活させることも可能なのか?」
アルバートは問う。
「可能だが、それをするメリットがないな。獣人だとしておいた方がなにかと便利だろう。獣人なら従者として学園に連れて行くことも出来る」
ルイの言葉に、公爵は眉をしかめた。
「もうすぐ、学園が始まるんだったな」
思い出したように、2人の息子を見る。
先ほどから話題に上がっている学園とは魔法学校だ。貴族が魔法を学ぶための学校だが、貴族なら誰でも入れるというわけではない。
この国では身分は地位と共に魔力で決まる。より大きな魔力を持っている方が、より複雑な魔法を使えていろんな面において有利だ。だから皆、魔法を学びたがる。だが魔法を学べる場所は国でたった一つ、王都にある魔法学校しかなかった。強力な魔法を使う者を国が簡単に管理できるよう、わざと一つだけにしている。そこに入学できる人数は当然、限られていた。人並み以上の魔力を持つ者しか入学は許可されない。
15~18歳くらいの男女が2年から3年かけて学ぶのだが、入学の年齢も学ぶ期間もある程度本人の自由に出来た。ルーベルトはアルバートと共に学ぶため、入学の時期を遅らせている。2人一緒に学園に入学することが決まっていた。
「その子も連れて行くのか」
困った顔をする。
「使い魔は主から長い時間離れる事が出来ない。置いては行けないだろう?」
ルイは当たり前だと言った。
「わかっている。だから、2人に使い魔を与えるのは学園を卒業してからにしようと思っていたんだ」
公爵は恨めしげにルイを見た。予定が狂った事を嘆く。
使い魔や従者は貴族が手っ取り早く自分の魔力を高める為の裏技だ。契約して繋がった相手の魔力は主である貴族の魔力にカウントされる。だが誰でも使い魔や従者が持てるわけではないし、契約後はその旨を届け出なければいけなかった。ちなみに、アルバートとノワールの契約はまだ届け出ていない。今なら使い魔ではなく従者として登録することも事も可能だ。
「貴族の子弟が学園に連れて行けるのは使い魔か従者だけだ。人間の子供は連れて行けない。その子を連れて行くなら、従者として連れて行った方がいいだろう。従者なら一緒に魔法の授業を受けられる」
ルイの説明に、アルバートは微妙な顔をした。
この世界には獣人がいる。獣の特徴を持つ人間だ。しかしその数は大変少ない。そのため、とても貴重とされていた。そのほとんどは従者として貴族の保護下にいる。従者というのは言い方は違うだけで、契約内容は使い魔と同様だ。魂を繋げて、所有される。だがそれは獣人の保護の意味合いが強い。人より強い魔力を有するという獣人を欲しがる権力者は多い。学園では獣人も魔法を学ぶことができるが、それは主の貴族と一緒に通える場合のみに限られていた。主が責任を持って獣人を保護することを条件に認められている。獣人のみでの入学は許可されていなかった。獣人が独りでいるのはとても危険だからだ。
「その子に魔法を習わせる気か?」
公爵は警戒する。何も教わっていないのに、変身魔法を使えたくらいだ。きちんと教われば、もっと強い魔法を使えるようになるだろう。だがそれが良いことだとは限らない。どこの世界も出た杭は打たれる。目立てば、良からぬやからに目をつけられる。
ただでさえ、人形のような容姿はとても人目を引くだろう。
「逆に聞くが、習わせないという選択肢があるのか? これほどの魔力と才能をみすみす眠らせておく理由がない。何より、本人が魔法を覚えることを望んでいる」
ルイは問う。
この先、ノワールが公爵家を支える大きな力になることはわかっていた。その力を磨かないのはあまりに勿体ない。
「それは……」
公爵は返事に詰まった。
公爵家の利益だけを考えれば、迷う理由は何もない。
「確かに、猫が勝手に魔法を使って人間になりましたという説明を周りにするより、獣人だとしておいた方が簡単だろう。しかし、使い魔の猫を獣人だと偽るのは……」
迷う顔をした。心配しているのはノワールのことより、その主であるアルバートのことだ。虚偽がばれれば、当然、責任を問われる。
だが、使い魔として連れて行っても問題が起きそうな気がした。普通の使い魔は人になんて化けられない。
どう転んでも、トラブルの匂いしかしなかった。
「厄介なものを連れ込んでくれたな」
公爵は大叔父を睨む。
「そうか? こんな変った子、金を払ったからといって手に入るわけではない。この子が家に来たのは僥倖だ。私はそう思うが、違うのか?」
ルイは公爵を見た。
「ロイエンタール家のことだけを考えればそうだろうな。だが、アルバートやルーベルトが危険な目に遭うかもしれない。私は家より息子達の方が大切だ」
公爵は息子達を心配する。
ルーベルトは渋い顔をしている大人達を見た。
「可愛いから、いいんじゃない?」
暢気なことを言う。その場の重苦しい空気を和ませようとした。
「まあ、確かに可愛いな」
公爵もそれは認める。
「ルーベルトに少し似ていると思わない?」
アルバートは父に聞いた。
「……確かに」
公爵は頷く。ルーベルトに甘い父親の弱いところをアルバートは突いた。だが確かにルーベルトの面影がある。
「私はこんなに可愛くなかったよ」
ルーベルトは否定した。自分の子供の頃を思い出す。
「可愛かった」
「可愛かったよ」
公爵とアルバートの声がハモった。その妙な気迫に、ルーベルトは押される。
「……ありがとう」
2人からの重い愛に、苦笑するしかなかった。
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