2-6 相談の行方
アルバートは部屋に入ると空いている場所に座った。自分の膝にボクを抱っこする
そんなアルバートを見上げると、黙って、頭を撫でてくれた。
(味方してくれるんだ)
ほんわりと胸が熱くなる。
最初見た時、貴族のわがままなお坊ちゃんぽいと思ったことを詫びたくなった。アルバートはとても優しい。
部屋の中の視線は全てボクに集まっていた。
(さて、どうしよう)
考える。この状況を穏便に、かつ自分の有利な方向へもって行きたかった。このまま使い魔としてここで暮らしたい。公爵家以上に恵まれた環境はないだろう。
アルバートもルーベルトもイケメンで優しかった。
ついでに言えば公爵もモテそうなおじさんだし、おじいさんも渋くてカッコイイ。
(あれ? この家、普通にイケメンパラダイスなんじゃない?!)
そう考えると、ホクホクしてきた。
ちなみに、今は自分もそのパラダイスの一員に入ると思う。
人間になったノワールはまるで綺麗な人形みたいだ。顔立ちが整いすぎていて、逆に人間味がない。……もっとも、猫なんだから人間ではない。
鏡を見た時、楽しすぎると思った。
こんなに可愛かったら人生楽勝だろう。
ただし、人間ならば。猫なので、いまいち美少年の恩恵には預かれそうにない。
(でも猫なら猫で愛嬌振りまくって可愛がられるっていう手もあるな)
ポジティブに自分を奮い立たせた。
とりあえず、この場を乗り切らなければならない。
今、自分が結構な人生の分岐点に立っていることを自覚していた。
最悪なのは、気味悪がられて追い出されることだろう。
そうなると、野良猫まっしぐらだ。
さすがに野良猫として生き抜く自信はない。
(猫まっしぐらはちゅ~るだけにしたい。この世界にちゅ~るなんてないけどね)
そんなどうでもいいことを考えて、ちょっと現実逃避する。
(だいたい、ちょっと猫が人間に化けたくらいでみんなで雁首揃えなくても……)
心の中でぼやいてみるが、普通に考えて、飼い猫が人間に化けたらパニックだろう。それでも比較的みんな落ち着いているのは、この世界に魔法があり、変身魔法というものが存在するからだ。猫が人になることもあり得ないことではない。
(そもそもあそこで、悲鳴を上げたのが失敗だった)
自分を省みて、反省する。変身しただけなら、寝ていたアルバートにも気づかれていなかった。驚いてあげた声で、みんなを起こしてしまう。
(でも、自分がオスだなんて思っていなかったから……)
前世のわたしは女性だったので、生まれ変わっても意識は女性だ。まさかそれが今の性別とずれていたなんて、考えもしなかった。
確率で考えれば50:50で、オスである可能性は十分あったのに。その辺、抜けている自分を知る。
(今はそんな場合じゃない。どうすれば不気味な猫から可愛い猫へ昇格できるか考えよう)
悩んでいると、公爵の方から口を開いた。
「それはアルバートの魔法か?」
息子に問う。
(なるほど。アルバートが変身魔法をかけたということの方が筋は通るな)
納得して、アルバートを見上げる。
(それでいいんじゃない?)
目で訴えかけた。その方がすんなり話は進む気がする。だが、アルバートは真っ直ぐな人のようだ。
「……違います」
少し迷って、否定する。嘘は吐きたくないらしい。
(駄目か)
正直過ぎるお坊ちゃまに苦笑が漏れるが、そういうところを好ましくも思う。
(嘘をついて乗り切っても、後でばれたら最悪なので、ここは正直にいくことにしよう)
覚悟を決めた。
「では、誰の魔法だ?」
公爵は当然の質問をする。それはアルバートに向けられていた。だが、自分で答える。
「自分の魔法。机の上に魔法書があって、そこに載っていた呪文を自分で唱えたから」
突然口を開いたボクに周囲は戸惑った顔をする。
自分で説明出来るとは思わなかったようだ。
(さっきも質問されて答えたのに、なんでそんなに驚くんだろう?)
不思議に思う。猫が普通に人間と会話する違和感に気づかなかった。前世が人間だから、会話できるのは当然なので。
その衝撃から、公爵は最初に立ち直る。
「何故、猫なのに魔法が使えるんだ?」
明らかに不審を抱いた目で見つめられた。
「使えたわけじゃない。この魔法が、初めて。それに失敗した。耳だけ残った」
不満を顔に出して、自分の猫耳に触れる。
そう答えた瞬間、部屋の中がさらにざわっとした。
おじいさんがなんとも渋い顔をしたのが見える。
(何か不味かったの? 初めてと言ったこと?? でも、使えないのに使えたとは言えない。やってみろと言われたら出来ないもん)
「にゃ、にゃあ……」
困って、アルバートを見上げた。
アルバートは苦笑している。
(どうしよう)
雰囲気が、なんだか悪い。良くない方向に流れが進んでいる気がした。
それを打開すべく、可愛い猫作戦を敢行することにする。
「にゃあ」
小さく鳴いて、逃げるようにアルバートの胸に顔を埋めた。ふるふるっと身体を震わす。怖いよ、助けてよというアピールをした。自分の可愛さを最大限に利用する。
前世の時はそういう女は嫌いだった。泣いたら許されると思っているような女も。実際、たいていの場合は女が泣けば周りは許してしまう。だから意地でも泣かなかった。許してもらえると思って泣いたと思われるのが、とても嫌で。
でも今は猫だ。人間に依存しなければ、生きていくのは難しい。くだらないプライドに固執する意味は無かった。
(可愛いんだから、可愛いのを最大限に利用する。可愛いは正義なのよ!!)
開き直る。この際、手段は選んでいられなかった。こっちは人生ならぬにゃん生がかかっている。
野良猫として生きていくのは、どう考えても無理だ。追い出されるわけにはいかない。
アルバートにしがみついた。
「そんな顔しないでください、父上。ノワールが怯えています」
庇ってくれるアルバートの声が聞こえる。
よしよしと頭を撫でられた。
(本当にこの人、優しい)
姑息な自分が少し後ろめたくなる。
「責めているわけではないよ。事実を確認したいだけだ」
公爵は言い訳した。
「何故、初めて使った魔法が変身魔法だったんだ? 本には他の魔法も載っていただろう?」
おじいさんが問う。その目は穏やかだが、射貫くように鋭い。嘘をついても見抜かれると思った。
「人間に化けられたら、便利だから」
答える。
「人間になって、何をしたかったんだ?」
おじいさんの質問は続いた。
「魔法を覚えたい」
きっぱりと言う。その質問の答えは最初から決まっていた。
猫のままでも、魔法は使える。心の中で呪文を唱えればいいからだ。だが、猫のままだといろいろ不便だ。まず、本を捲るのが面倒くさい。爪を引っかければページは捲れるが、猫の小さな身体ではなかなかの重労働だ。人間なら簡単にできることが、猫にはいろいろ難しい。
人間の姿になれればとても便利だと思った。
「魔法を覚えて、どうするんだ?」
さらに問う。
「自分の価値を高める。魔法が使えたら、1人で生きていかなければいけなくなった時にも役に立つ。人間に依存するのではなく、自立した猫を目指したい」
熱く自分の意思を語った。しかしその所信表明はかなり空回る。
空気が重たい。
(何が駄目だったのか、マジでわかんないっ)
内心、冷や汗が出た。
沈黙がとても気まずい。
「ほう……」
おじいさんは唸った。
「魔法が使える使い魔か。面白いね」
ルーベルトがどこか感心したように言う。気まずい空気を和らげようとしてくれた。
「ルーベルト」
公爵の咎めるような声が響く。面白がっている場合ではないと言いたいようだ。
「変った特技を持つ使い魔を求める貴族は多いけど、ヒトガタになれて、魔法も使えるなんて最強じゃない?」
ルーベルトは父に問う。フォローしてくれた。
ボクは潤んだ瞳をルーベルトに向ける。
(ルーベルトもいい人)
涙が出そうだ。追い風が吹いているのを感じる。
「そんな簡単な話ではない。魔法が使える使い魔なんて、使い魔の域を超えているだろう?」
公爵は困った。
「じゃあ、どうするの? 使い魔の契約を解除して、家から追い出すの?」
ルーベルトの言葉に、びくっと身体が震える。
(それは最悪。それだけは嫌)
アルバートの服をぎゅっと掴んだ。
思いとどまって貰おうと、言葉を探す。だが、その必要はなかった。
「いや、そんな勿体ないことはしない」
公爵は即座に否定する。
(どうやら、ボクには価値があるらしい)
ボクは自覚した。
追い出されることはないと知って、安堵する。ちょっと気が抜けた。
「猫として扱うから無理がある。獣人の子供という事にすればなんとかなるんじゃないかな?」
ルーベルトはおじいさんに聞いた。
(この世界、獣人もいるのね)
そんな暢気なことを考える。
「そうだな。獣人の従者という扱いにすれば、学園とかにも連れて行けるから問題ないかもしれない」
おじいさんは答えた。
(学園って何?)
2人が何の話をしているのかわからなくて、不安を覚える。
「にゃあ」
思わず、アルバートを見た。
そんなボクの頬をアルバートの指が優しく撫でる。
(あっ、気持ちいい)
うっとりした。眠くなってくる。
「そうか。従者扱いで学園に連れて行けるなら何の問題ないな」
アルバートの嬉しそうな声が聞こえる。だが、瞼が重くて目を開けていられない。
「ふにゃあ」
大きな欠伸が出た。
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