7-1 剣術
実技の講習が始まると、剣術の授業も始まる。
それをボクは”万が一、魔法が使えない状況下では自分の身体能力がなんとかピンチを切り抜けろ”という意味だと受け取った。
魔法を使えるなら剣の腕なんてなくても平気に思えるが、魔法というのは便利で不便だ。動揺したり焦っていると、上手く発動しないことがある。
精神状態が成否に大きく左右する魔法は咄嗟の防御には向かなかった。そのために、魔法使いは剣術も習う。
一旦剣で危機を脱して、その次に魔法で攻撃すればいい。だから最初に習うのは防御だ。
実技の講習中にロイドからそんな話をされて、なるほどと思う。
学園のカリキュラムは実践に即していた。
剣術の講師はカール先生だ。体育の先生みたいな感じで、学園には一人しかいない。
カールとは一度会っているので、ボクはちょっと気楽だ。怖い人ではないことは感覚的にわかっている。人の姿になっている時より、猫の時の方が勘は働く。可笑しな表現だが、優しい人からは優しい匂いがした。
カールの匂いは大丈夫だと語っている。
剣術の授業の時はそれ用の服が用意されてあった。男女とも同じ形で、女性もパンツルックだ。パンツの生地には伸縮性がある。上はポロシャツみたいな感じだ。
いつもの制服とはだいぶ雰囲気が変わる女性達はキャッキャッうふふしている。
(これはあれだよね。いつもと違う私にどきっとするでしょ?--っていうアピールだよね)
ちらちらと女子の一部がこちらを見ているのをボクは感じだ。アルバートやルーベルトに見て欲しいのだろう。
だが二人はまったくそちらを見ていない。
(ブブーっ、残念。今のアルバートはポロシャツに短パンのボクにメロメロだから)
心の中で無駄に勝ち誇った。
剣術用の服に当たり前だがボクのサイズはない。どうするかロイドに相談した。ボクの下僕になる宣言をして以来、ロイドは本当に何でもしてくれる。困ったことは基本的にロイドに相談することにしていた。すると、ポロシャツは一番小さなサイズをとりあえず着て、袖とかは腕まくりするのはどうかと言われる。
パンツは足の長さ的にどうにも無理なので、夏用の短パンのウエストを詰める事になった。短パンは長さ的にキュロットスカートみたいな感じになる。ポロシャツもボクが着ると丈が短めのワンピースみたいだ。
なんだか可愛らしい感じに仕上がる。
そんなボクにアルバートはほくほくしていた。
今は抱っこしていない分、手を繋いだボクの方ばかり見ている。
ルーベルトは苦笑しながら、そんなボクたちを見ていた。
失望している女子と、ボクの格好がかわいいとテンションが上がっている女子とで、現場ちょっとしたカオスだ。
そんなざわついた雰囲気の中、カールが現われる。剣術講習の説明を始めた。
実技講習と違い、剣術の授業は基本、学園の敷地内で行われる。練習場は敷地の外れにあった。魔法と違い、ミスしても周りに迷惑をかける可能性は低い。そのため、転移してまで場所を変えたりはしない。
転移の魔法は便利だが、その経費は安くない。発動するために使う魔石は使い捨てだ。手軽に毎回、使えるものではない。特に新入生の授業では実技場を使う必要はなかった。
これが2年、3年になると、剣に魔法を乗せて戦ったりするので、実技場に場所を移すこともたまにあるらしい。
それはそれで楽しみだとわくわくしていると、カールの視線がこちらを向いた。
じっと見つめられる。
「?」
ボクは首を傾げた。何故、見つめられているのかわからない。
カールは二人一組で組むように言った後、こちらにやってきた。
アルバートは当然、ルーベルトと組む。
「それはノワールか?」
カールはおもむろに、アルバートに尋ねた。ボクを指さす。
カールは猫の姿のボクしか見たことがなかった。白い人形みたいな子供を見て、驚いたらしい。
「ええ」
アルバートは頷いた。
「そうか」
カールはじろっとボクを見る。
ボクはカールを見上げた。カールの背が高すぎて、首が痛い。
「お前、動けるか?」
カールはボクに聞いた。
「にゃ?」
ボクは首を傾げる。運動神経がいいのか悪いのかを問うているのかもしれないが、正直、自分でもよくわからなかった。
本気で身体を動かす機会はあまりない。先日の妖精との雪合戦ならぬ水合戦の時くらいだ。思ったより動けると感じたが、そもそもボクの思っているレベルが普通なのかがわからない。なんせ前世のボクはけっこうな運動音痴だ。その感覚を当てにしてはいけない気がする。
「わからないか。じゃあ、ノワールはオレとやろう」
カールはそんなことを言った。何故か嬉しそうな顔をしている。
「にゃにゃ?」
ボクは驚いた。それは無謀すぎるのではないかと思う。……ボクが。
(すごーく遠慮したい)
なんとか回避しようと思った。
「にゃにゃっ」
嫌がるが、にゃあしか言わないボクの気持ちはカールにはまったく伝わらない。
「獣人は基本、身体能力が高いんだぞ」
にこにこといい笑顔でカールは微笑んだ。
だいぶ期待されているようだが、その期待が重い。
「にゃにゃにゃ(無理、無理、無理)」
ふるふると首を振るボクをカールは片手で軽々と抱えた。小脇に、荷物みたいに持たれる。
「先生?」
アルバートは焦った声を出した。その持ち方はあんまりだと思う。
「なんだ?」
振り返ったカールは笑顔なのに、何も言えない圧があった。
「いえ……、何でも……」
アルバートは口ごもる。
こうしてボクはカールと剣術をやることになった。
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