7-2 剣術 2
ボクを小脇に抱えたまま、カールは生徒達に指示を出した。
練習場は屋外にあり、400メートルのトラック程度の広さがある。
「組んだら、剣を取りに来い」
ずらっと並んだ練習用の剣をカールは指した。
普段、それは練習場の横にある小屋の中にしまわれている。授業のために、カールが事前に出して置いたものだ。
練習用の剣はわざと刃を尖らせていない。少し触れたくらいでは切れないように細工してあった。だが、剣の作りそのものは本物の剣と大差ない。重さもほぼ変わらなかった。
木刀とかじゃなく本物と大差ない剣を使うのは、その重さに慣れるためらしい。細身の日本刀とかと違い、西洋の剣は大きいし意外と重い。木刀とは全然重さが違うようだ。
生徒達は剣を取りに行く。
こういう時、爵位の高い順に取りに行くのは暗黙の了解だ。最初にアルバートとルーベルトが剣を選ぶ。
剣はどれも微妙に違った。同じものは2つない。この世界に大量生産品なんてものはなすった。練習用でも、剣は一つ一つ手作りだ。形や装飾は微妙に異なる。使いやすさも剣によって違った。
「にゃあ、にゃあ」
ボクは鳴く。いい加減、降ろして欲しかった。手足をばたばたさせる。だが、カールの身体はその程度のことではまったく揺るがなかった。体感がしっかりしているのか、ボクが身軽過ぎるのか。どちちらかはわからないが、抱えていることさえナチュラルに忘れられている気がした。
「ああ、そうだった」
ボクを見て、思い出した顔をする。
(マジで忘れていたの?)
ボクはいろんな意味で引いた。
カールはボクをそっと降ろしてくれる。
ボクは抱えられたせいで乱れた服を直した。ぱたぱたと手で服を叩いていると、視線を感じる。
見上げると、カールがじっとボクを見ていた。
「にゃあ?」
何?と問うように鳴く。
その程度のことならなんとか伝わるようだ。
「ノワールは猫の時も可愛いが、この姿の時も可愛いな」
率直な感想という感じの返事が返ってくる。その言葉に裏が全く無いのはわかった。ただそう思っただけらしい。
可愛いと言われることには慣れているのに、なんだか気恥ずかしくなった。
「にゃ」
当たり前だという感じで胸を張ると、大きな手に頭を撫でられる。よしよしされた。
「?」
意味がわからない。
だが、そもそもカールの行動に意味なんてないようだ。カールはどうやら、直感で動くタイプらしい。
ボクが頭を撫でられている間に、全員が剣を選び終えた。
カールは生徒達に次の指示を出す。組んだ相手と向き合い、打ち合うように言った。剣の持ち方から教えるのかと思っていたので、わりとざっくりとした指導に驚く。
だが、その理由は直ぐにわかった。
一から教える必要はない。指示されただけで、生徒達は勝手に訓練を始めた。自宅である程度、剣の使い方を習っているらしい。
それは男の子だけではなく、女の子も同様だ。どうやら、剣術というのは貴族の嗜みの一つらしい。
「さて、ノワールはどうする? 普通の剣は重すぎるだろう? 短剣にするか?」
問われた。
「にゃあ」
ボクは頷く。
生徒達の持っている剣はボクの身長とあまり変わらない。持って振り回すなんて、絶対に無理だ。
「そうか。じゃあ、私の短剣を貸そう」
そう言うと、腰のベルトに差している短剣を渡される。
「にゃあ……」
ボクはなんとも微妙な顔をした。
(これ、どう見ても本物だよね?)
ボクはおそるおそる刃に指で触れる。尖っていて、触れたらぱっくりいきそうに見えた。
ボクはカールを見上げる。
「にゃあ」
短剣を返そうとした。
本物を振り回し、カールを傷つけるのが怖い。
「本物なのが気に入らないのか?」
カールは尋ねた。
「にゃあ」
ボクは頷く。
「大丈夫」
カールは笑った。
「ノワールが持っているのが本物でも、偽物でも、それが私に当たることはないから」
とても自信満々に言われる。
「獣人の身体能力は高いが、ノワールはまだ子供だ。ノワールに負ける気はしないよ」
微笑んだ。
おそらく、それは事実だろう。だが、そう言われて頑張らないほどボクは腑抜けではない。
(そこまで言うなら、やってやろうじゃないか)
変な闘志に燃えた。
ボクは猫としての身体能力を存分に発揮する。
この身体は思ったより、ずっと軽い。そしてかなり動ける。
(魔法で作った身体だから?)
そう思ったが、真相は誰にもわかるはずがない。ただ一つ確かなのは、猫の俊敏さやジャンプ力、身体の柔らかさみたいな特徴は人の形をしていても色濃く残っていた。
普通の人間とは明らかに違う。
それらを生かして、ボクはカールに挑んだ。
だが、カールの剣で簡単にいなされる。短剣と普通の剣というリーチの差はあった。だがそれを差し引いても、余裕で払われている。ボクの動きを見切っているのだろう。
(凄く悔しい)
ボクはムキになった。だがムキになればなるほど、ボクの動きは読まれる。
ボクは一つ息を吐いた。
気持ちを落ち着かせる。だが、冷静になればなんとかなるというレベルの問題でもなかった。明らかに格が違う。
ボクと戦うことで、カールは他の生徒達に自分の力を見せつけていた。
それが目的だったのかと一瞬、疑う。だが、違うだろう。カールが底まで考えているとは思えない。
何より、とても楽しげだ。
でも、ボクは面白くない。
(せめて一矢、報いたい)
そう思った。そして、暴挙に出る。
短剣を投げつけた。
もちろん、それは簡単に剣で払われる。だがボクの狙いはそっちではなかった。
飛びかかる。上手く懐に入り込んだ。あむっと噛みつこうとする。首を狙ったがさすがにそこは避けられた。肩口に歯を立てる。
かぶっといくと、いてっとカールが声を上げた。
「降参、降参」
カールの声が響く。
無理矢理ボクを引き外すことも出来るのに、それをしないのはカールの優しさだろう。本気で引っ張られたら、ボクは痛い思いをする。
「……」
ボクは口を離した。
しがみついたボクをカールはそっと地面に降ろす。
「予想外のことをするな」
苦く笑った。噛まれた肩口を手で擦る。
「でも、面白い」
頭をがしがし撫でられた。
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