7-3 ひらひら。




 カンッ。カンカンカン。


 小気味いい金属音が響いた。

 思わず、打ち合いをしていた生徒達はそちらを見る。


 ノワールが教官のカールと打ち合っていた。

 ノワールは短剣を手にしている。

 小さな身体にはその短剣さえ、大きく見えた。

 カールもノワールも手にしている剣は本物だ。

 打ち合った時、剣がぶつかって上がる音が練習用とは違う。

 自分たちの打ち合いを止め、二人の姿を眺めた。

 身長差も体格差も二人は大きい。まるでクマに子猫が向かっていくように見えた。思わず、子猫を応援したくなる。


 その日、剣術の授業に現われたノワールはとても可愛らしかった。

 ただの白いポロシャツがワンピースのように見える。その下に穿いている短パンは膝下まできていた。スカートにしか見えない。それがポロシャツの裾から少しだけ見えていた。ちらちらと微妙に見えるチラリズムが、なんとも男心をくすぐる。

 否、くすぐられているのは男だけではなかった。女子もかなり萌えている。


「何、あれ。可愛さが凶悪すぎる」


 ノワールにお菓子を与えて懐かれている”食べさせ隊”の連中はノワールをかまい倒したくて、うずうずしていた。

 だが、アルバートが近づくなオーラを発している。

 今日のノワールはいつもよりちょっと露出が多かった。それがアルバートを警戒させている。不埒な目的にノワールに近づく相手にアルバートはとても敏感だ。

 父親かよっ--そんな突っ込みはみんな、心の中にしまっている。


 相手は四大貴族の嫡男だ。

 学園にいる間は皆、同じ生徒だと言われている。だが、序列がなくなるわけでも階級意識が消えるわけでもない。

 露骨な態度は取らないだけで、みんな上位の者には気は遣っていた。


 そもそも、アルバート達のことは入学前から噂になっていた。

 四大貴族の嫡男がその兄と共に入学するのだから、噂にならないわけがない。しかも、獣人を従者として連れてくるという。

 学園に入学前に使い魔や従者を持つ生徒は少なかった。全く居ないわけではない。だが、学園での生活が不自由になるのがわかっていて、入学前に契約するのは珍しかった。

 主と長時間離れる事は使い魔にとっても従者にとっても良くない。当然、学園に同行することになる。しかし、その間の世話は自分でしなければならなかった。学園には使用人の同行は禁止されている。生徒の自立のためという名目だが、どちらかといえばセキュリティ上の問題だ。

 学園は外部からの侵入に対して、二重、三重の対策をしている。しかしそういう施設は案外、内部からの攻撃に弱かった。外にばかり目がいってしまいがちになる。

 しかし、返答に怖いのは内部に入り込んだ敵だ。

 入学する貴族の身元は確かだが、使用人の身元がそれで保障されるわけではない。主さえ騙して、学園に潜り込もうとする輩がいないわけではなかった。実際、過去にそういうことがあったから、今は一人の例外もなく、使用人の同行は禁止されている。


 もっとも、貴族の中には学園に入学ないものもいた。全ての貴族が学園に入学するわけではない。そういう人たちは早めに使い魔と契約するのが普通だ。

 使い魔との契約は当然、期間が長いほど密になり力も行使しやすくなる。いろんな面で有利だ。


 アルバートのように入学することが決まっているのに契約者を持つのは珍しいが、相手が獣人だと聞くと誰もが納得する。

 獣人はとても珍しい。

 あまりに数が少ない故に貴重だ。身体能力も魔力も、どちらも人を軽く超えるという。

 それ故、かつては獣人を恐れるあまり迫害が起った。それが、従者契約することで落ち着く。人の支配下にあるというだけで、人々は安心した。

 そして強くて貴重な獣人を従者として従えることは上級貴族のステータスにもなる。

 滅多に出会えないので、出会ったらその場で契約して自分のものにするのが普通だ。学園に入学が決まっていても、躊躇する理由にはならない。


 滅多にお目にかかれない獣人が主と共に学園に入学することになり、学園の関係者も生徒達も楽しみにしていた。

 そしてアルバートが連れて現われたのが、生きているのか疑いたくなるほど整った顔立ちのノワールだ。

 作者が自分が綺麗だと思う物だけ集めて作った人形にしか見えない。銀の髪に白い肌、左右の瞳の色が違うオッドアイ。頭についている白い猫耳は何の違和感もなくそこにあった。その耳が音に反応して、ぴくぴく動く。

 にゃあとしか鳴かないが、その割に自己主張が激しかった。気ままに振る舞いながらも、どこか憎めない。

 そしてそんなノワールをアルバートはわかりやすく溺愛していた。

 どちらが従者かわからないと、クラスメイトは心の中で苦笑する。

 だが、気持ちはわかった。

 ノワールを見ていると、何かしてやりたくなる。保護欲がかき立てられた。

 だが実際には、ノワールは守ってやる必要なんてないほど強い。

 互角とはいかないまでもカールとなかなかいい勝負をしていた。

 もちろん、カールは本気ではない。だが、手を抜いているという訳でもないようだ。気を抜けば、やられる雰囲気がある。その証拠に、少し息が上がっていた。


 ノワールの動きは人間より獣に近い。身軽で、身体が柔らかいので予想外の動きをした。

 そして跳ねたりするたびに、ノワールの短パンがひらひら揺れる。スカートではないから、中が見えたりすることはもちろんなかった。だが、見えそうな雰囲気を醸し出している。

 実際、太ももくらいまでは見えていた。

 それに気付いた生徒達がざわざわする。

 男子生徒は食い入るように見ていた。女の子の太ももを凝視するのは後ろめたいが、男の子の太ももは見ても問題ない気がする。

 だがもちろん、そんなことはなかった。

 ごほんとわざとらしく、アルバートは咳をする。

 男子生徒達ははっとした。不味いと思う。

 アルバートがとても険しい顔をしていた。

 名残惜しそうに、男子生徒はノワールの姿から目を逸らす。


 疲れ果てたノワールが、「にゃあ~」と情けない声を上げてカールへの攻撃を諦めたのはそれから程なくのことだった。


 


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