7-4 選択肢
ボクは都合三回、カールに挑んだ。訓練なんだから、一回で終わるわけがない。何回も挑み、学ぶための時間だ。
「はい、次」
噛みついて勝ったと思ったら、そう言われる。
一回目はボクの辛勝だ。短剣を投げ、相手が油断したところに懐に潜り込む。予想外のボクの行動にカールが驚いているうちに、首に噛みつこうとした。
がっつり急所を狙ったのは、どうせ避けられると思ったからだ。するりと横に移動したカールの首にボクは届かない。肩口に噛みついた。
それでも、カール的には驚いたと思う。たぶん逃げ切ったつもりだったはずだ。
届いたのは、人とは違うボクの身体能力のせいだろう。カールの予想より、たぶんボクは跳んだのだ。
カールは降参する。
だが当然、そんな手は二回も通用しなかった。
二回目はリーチを生かした戦い方をされる。近づく事が出来なかった。ただ体力を消耗させられる。当たり前のように、ボクが負けた。
三回目は単純な打ち合いになる。
カンカン、カンカン、刃が当たる音が響き渡った。訓練用の剣の鈍めの音とは明らかに違う甲高い音に、周りの視線がこちらを向く。
自分の訓練を止め、じっと見られているのがわかった。
(こっちを見ていないで、自分の訓練に集中しろっ)
心の中で毒づく。
注がれる視線が一点に集中している事に気付いていた。短パンがひらひら揺れて、ちらちらと太ももが見えている。
(小学生男子の太ももを見るって、どういうこと? 全員、ショタコンかっ!!)
心の中でしか毒づけないのがもどかしかった。にゃあしかしゃべれない設定が恨めしく思える。だがこんなことで実はしゃべれること打ち明けるつもりなんてなかった。
だが、突き刺さる視線が気になって集中が出来ない。
体力も気力も無駄に消耗した。
ゴホン。
そんな時、わざとらしい咳払いが聞こえる。
アルバートが、ボクを見過ぎるクラスメイトに警告を発した。
空気をちゃんと読める生徒達の視線が、ボクから離れる。この学園にいるのは基本的にエリートだ。察しはみんないい。
ボクはほっとした。心の中でアルバートに感謝する。なんとかカールから一本取ろうとした。
だが、カールは全然余裕だ。
人とは違うボクの動きにもすでに慣れてきている。
(ダメだ。そもそもの基礎が違いすぎる)
それは技術の問題だけではない。体力の問題もそうだ。
息が上がって苦しいボクと違い、カールは全く平気だ。その場からほぼ動いていないので、体力の消耗も少ないのだろう。
(どうすれば勝てるのか、まったくわからない)
ボクはイラッとした。
ただ一つ確かなのは、これ以上、同じ事をしても無駄だということだ。
「にゃ~」
ボクは音を上げる。
もう無理だと、挑むのを止めた。
「もう終わりか?」
残念そうにカールは問う。
そんな顔するくらいなら、指導らしい指導をして欲しい。むやみに打ち込ませるだけって無駄ではないのだろうか?
「にゃあっ」
肩で息をしながら、文句を言った。だがたぶん、カールには全く伝わらないだろう。それでも、言いたいことはいろいろあるのでとりあえずにゃあにゃあ鳴いた。抗議している事くらいはさすがに察すると思う。
「はいはい、怒るな」
カールはそう言うと、ボクに近づいてきた。徐ろに抱上げられる。片手で抱っこされた。
(ん?)
状況がいまいち飲み込めないでいると、あやすように揺らされる。
危ないので、ボクはカールにしがみついた。
「ノワールは思ったより、やるな。その小さな身体で、予想以上に体力もある。だが、所詮は子供だ。だから大人とは戦おうなんてするな。まずは逃げることを考えろ。猫の俊敏さを持つノワールなら、逃げ切るだけなら難しくない。小さいことはデメリットではない、逃げる上ではメリットだ」
ボクの背中をぽんぽんと叩きながら、カールは的確なアドバイスをくれる。
戦わないというのも確かに選択肢の一つだ。敵わない相手との勝負はそもそもしなければいい。
(意外と先生っぽい)
脳筋のカールとは思えない理にかなった言葉に、ちょっと戸惑った。でも、悪くない。
大きな身体に抱っこされるのはアルバートと違う安心感があった。カールにとって、ボクの重さは全く苦にならないらしい。
なんだか気が抜けた。急に眠気が襲ってくる。気が緩んで、疲れを自覚した。
「にゃあ……」
眠くてしかたないことを伝えるつもりで鳴く。だが、カールにわかるはずなんてないと思っていた。
「寝てていいぞ」
だがそんな言葉が返ってくる。案外、伝わっていた。
(カールって、思ったより変な人だ)
そんなことを考えている間に、瞼は下りきってしまう。
だが、完全に寝ているわけではなかった。
意識は半分、覚醒している。
外の音は聞こえていた。
カールはボクを抱っこしたまま、生徒達のところを回っている。
一人一人に違ったアドバイスをしていた。
見ていないボクにはよくわからないが、たぶんそれも的確なのだろう。生徒達が喜んでいる気配がなんとなく伝わってきた。
(それにしても、眠い)
半分の意識さえ、保っている事に限界を感じる。このまま眠ることをボクは選択した。
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