閑話: 姉。
ランドールは実はそこまでノワールに関心がなかった。
確かに可愛いとは思う。だが、王宮で暮らしているランドールにとって、綺麗なモノは当たり前にあるモノだ。物珍しくはない。
むしろ、ランドールの興味はアルバートにあった。
年の近い友達なら小さい頃、父王に宛がわれた。だがランドールは彼らと親しくなれなかった。彼らも王子であるランドールにどう接したらいいのかわからないように見えた。お互いに気まずくて、自然と疎遠になる。友達というのは誰かに強制されてなれるモノではないことをランドールはその時、知った。
そしてそれ以降、誰かと友達になろうなんて気持ちは久しくランドールの中には存在しなかった。
だが偶然、アルバートを知る。
アルバートは驚くくらい、王子である自分に関心がなかった。もちろん、最低限の礼儀は弁えている。話し掛ければそつのない対応が返ってきた。だが、彼の関心は常に一点に向けられている。ノワールだ。
彼は自分の使い魔であるネコをそれはそれは大切にしている。
自分も、そんな風に大切に思われるものの一つになりたいと思った。
ランドールはある意味、愛情に飢えている。
父王も母も親である前に王であり、王妃だ。跡継ぎであるランドールには二人とも厳しい。
ランドールは常に、王子として模範的であることを求められてきた。
その事に反抗心がなかったわけではない。だが、親に反抗しようと考える余裕があるほど、ランドールの日々は平和ではなかった。常に姉の邪魔を警戒する。
ミリアナはなにかと絡んできた。父王の自分の母への裏切りがよほど許せないらしい。
だがそれをランドールはどこか冷めた目で見ていた。正直、何故そこまで怒るのか理解できない。
裏切られたと思うのは、その前に信じる何かがあるからだ。だが、ランドールにはその信じる何かがそもそもない。父との間に、親子の情なんてものは存在しなかった。
父王が大切にしているのは跡継ぎの王子であって、それは自分でなくても良いことにランドールは気づいている。
例えそれが悪意であろうと、自分個人に対してなんらかの感情を向けてきたのは、実はミリアナだけだ。
「そういうわけで、実は姉さんのことはそれほど嫌いではありません」
話したいことがあると、自分の所にやってきた弟の突然の宣言に、ミリアナは困惑する。
休日、ミリアナはまったりとネコと一緒に過ごしていた。膝の上で丸まっている白い猫は何の力もないただのネコだ。
ネコの姿のノワールがあまりに可愛らしかったので、似たようなネコが欲しいとノワールに無理を言う。
手配するのは簡単だが、子猫は直ぐに大きくなるとノワールハ渋った。大きくなった後も大切にしてくれるのかと問い詰められる。最終的に誓約書を書かされ、ネコを斡旋してもらった。
ノワールの言葉通り、子猫は日々大きくなる。だが不思議と、大きくなっても自分のネコは可愛いかった。
ネコは王宮を我が物顔で駆け回る。その姿にちょっとしたネコブームが王宮でわき起こった。今、王宮には何匹もネコが住んでいる。使い魔との違いが見た目では判断できないので、ただのネコには首輪をつけることが義務づけられた。首輪がないネコは使い魔とみなすことにする。
「何の話です?」
ミリアナは当然の問いかけをした。
「話ってそれなの?」
困惑を顔に浮かべる。
「いいえ」
ランドールは首を横に振った。
「ノワールの話をしようと思って、来ました」
答える。
それを聞いて、ミリアナは顔色を変えた。
「まあ、座りなさい」
途端に親切になり、椅子を勧める。
「学園で何かあったの?」
話を聞きたがった。
「実は……」
ノワールが実験したことを話す。実験は途中で失敗したが、ノワールがほぼ喋れるようになったことを教えた。
「まあ」
ミリアナは声を弾ませる。
「ノワールとおしゃべりが出来るの? ステキだわぁ」
喜んだ。
「それはいつの話なの?」
ミリアナは問う。
「3日前ですね」
ランドールは答えた。
「3日も前……」
ミリアナは不満な顔をする。
「もっと早く教えてくれたら、ノワールを王宮に呼べたのに」
遅いと言いたげな目でランドールを見た。もちろん、それが自分の我儘であることはわかっているので、口にはしない。
ランドールは素知らぬ顔で物言いたげな眼差しを無視した。
「それで? 話したいことはそれだけではないのでしょう?」
ミリアナはランドールが何か言いたそうにしていることに気づいていた。
ランドールとはあのネコネコカフェ以降、それなりの関係が続いている。いきなり仲の良い姉弟になるなんて無理だが、少なくともぎくしゃくしない関係にはなりつつあった。それは自分たちの周りの影響も大きいかもしれない。以前は顔を合わせるだけでピリついた側近達の様子が変わった。牽制し合ったりしない。
ミリアナとランドールは落ち着いて話が出来るようになった。
「その実験がどうにも不自然でした」
ランドールは自分の考えを口にする。
魔法陣は成功していたのに唐突に消滅したこと。その際、爆発が起こって資料が燃えたことを話した。
実験は何かがおかしかったと訴える。
「それは、お前にとって何か困ること?」
黙って話を最後まで聞いていたミリアナは尋ねた。
「……いえ」
ランドールは首を横に振る。
「では、余計な追求は止めなさい」
ミリアナは止めた。
「生徒が気づくような違和感をロイドが気づかないはずがありません。おそらく、ロイドは協力者です。だとしたら、それは触れてはいけないことなのです。自分にとって影響のないことなら、素知らぬふりをするのが賢い選択です」
ミリアナは長く生きている分、ランドールより状況判断に長けている。どんな理由があるかは知らないが、茶番をする必要がノワールにはあったのだろう。
「……わかりました」
ランドールは納得した。だが、その顔は不満そうだ。口先だけの承諾であることがすぐにわかる。
「困った子ね」
ミリアナは苦く笑った。
「どうしても気になるなら、余計な詮索はせずに直接聞きなさい。話してくれるかどうかはわからないけど。そして、答えてもらえなかったら今度こそ考えるのは止めなさい」
姉っぽいことを言う。
「まるで、姉のようですね」
思わずランドールは呟いた。嫌味ではないが、少し嫌味っぽく聞こえて焦る。
「……一応、姉よ」
ミリアナはぼそっと呟いた。
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