閑話: ご主人様。




 実技場での授業がある前日、寮の部屋でボクは悩んでいた。紙に向かって、箇条書きに自分の考えを書き連ねる。


1 可愛くにゃんにゃん


2 にっこり毒舌


3 ですます口調にゃんバージョン


「ううーん」


 唸っていると、後ろからアルバートに抱きしめられた。持ち上げられ、膝の上に座らされる。


「にゃに?」


 ボクは振り返った。


「明日のことで緊張しているの?」


 アルバートは優しく問う。チュウと頬にキスされた。

 アルバートの前世を知ってからこっち、こういうスキンシップはこそばゆい。だが、今までは平気だったのに嫌がるのは不自然だ。アルバートの前世に関して触れないという選択をしたボクは、意識した態度を極力避けたい。

 結果、されるままという選択をするしかなかった。チュッチュッと頬にキスを繰り返されても、耐える。


「緊張はするけど、悩んでいるのは別の話」


 ボクは答えた。


「どんな話?」


 アルバートはちらりとボクが書いていた紙を覗き込む。だが、箇条書きのそれを見ても理解できないようだ。


「これは何?」


 首を傾げる。

 別に隠すような内容でもないので、ボクは正直に話した。


「口調、どうすればいいと思う?」


 真顔で聞く。


「口調?」


 予想外の質問だったようで、アルバートは戸惑った顔をした。


「喋れるようになるのは確定事項だけど、口調は決めていないことに気づいたにゃん」


 真面目に悩む。


「はははっ」


 アルバートは笑った。


「それって、重要?」


 問われる。


「重要」


 ボクはムッとして、頷いた。


「口調で印象って変わるんだよ。ボクが今後どんなキャラでいくか、悩んでいるのに……」


 笑われたことを恨めしく思う。


「ああ。ごめん、ごめん」


 アルバートは謝った。


「どんなノワールでも、ノワールなら可愛いと思うよ」


 親バカ全開の、何のアドバイスにもならないことを言う。これが冗談ではなく本気だから、始末に悪い。


「ルーベルト~」


 ボクはまともなアドバイスをくれそうな相手に助けを求めた。


「はいはい」


 ルーベルトは寄ってくる。

 ボクはルーベルトに紙を渡した。


「どの口調が正解だと思う?」


 尋ねる。


「うーん」


 ルーベルトは唸った。ボクの顔と紙を交互に見比べた。


「今までのキャラなら1番。ちょっとインテリっぽくしたいなら3番。2番は楽しそうだけど、敵を作りそうだから止めた方が無難じゃない?」


 ちゃんとしたアドバイスをくれる。


「さすがルーベルト。頼りになる」


 僕がにこにこと笑うと、アルバートは拗ねた。


「そのくらいのアドバイス、私にもできる」


 子供みたいに口を尖らす。


(じゃあ、してよ)


 心の何かでだけ、突っ込んだ。そんな可愛くないことは言わない。


「ですます口調だと、『なになにですにゃ』とか『なんとか思いますにゃ』とかかな」


 口に出して、ううんとボクは唸る。


「あんまり賢そうな感じがしないのは気のせい? むしろ、ちょっとバカっぽくない?」


 悩みながら聞くと、確かにとルーベルトは同意した。


「普通に、今まで同様可愛いネコちゃんでいくのが一番かな」


 語尾ににゃんにゃんつけておこうと決める。それが一番簡単だろう。


「考えるのが面倒なら、普通にしゃべってもいいよ」


 悩んでいるボクを見かねたのか、アルバートはそんなことを言った。それがボクを気遣っての言葉であることはわかる。出会ってからずっと、アルバートはいつも優しい。それが、前世の罪滅ぼしだとしても。


「それだと魔法が成功したことになるから、駄目。明日の実験は失敗するんだから」


 最初から喋っておけばこんな面倒なことしなくていいのかなと思ったが、それだと最初からみんなと話すことになるから別の意味で面倒そうだ。


「ところで、明日からアルバートとルーベルトのことは何て呼べばいいの?」


 僕は尋ねる。主従の関係なのに、呼び捨てはまずい。


「今まで通りで……」


 構わないと言いかけて、ボクとルーベルトに睨まれたアルバートは口を噤んだ。


「じゃあ、ご主人様で」


 言い直す。楽し気な顔をした。


「わかったにゃ。ご主人様と呼ぶにゃ」


 ボクは言葉とは裏腹に冷たい目を向ける。


「アルバート。そういうプレイは寝室でしてくれ」


 ルーベルトは悪乗りして、アルバートをからかった。


「そういう意味じゃないだろ」


 アルバートは苦笑する。

 でも内心、ご主人様は悪くないとボクは思った。

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