16-1 噂。




 その噂をボクが聞いたのはたまたまだった。


 喋れるようになった(ということにしてある)ボクは結局、今まで通りの可愛い子路線を貫いている。愛嬌を振りまき、にゃんにゃんと可愛らしく鳴いて生きていた。そんなボクはますますクラスのアイドル化している。会話が成立するようになったせいか、以前よりもっと人が寄ってくるようになった。

 アルバートとルーベルトはボクの周りから人を排除することを早々に諦める。自分の目の届くところでなら、ボクに干渉せず見守ることにした。それはボクからお願いしたことでもある。

 せっかく喋れるようになったのだから、おしゃべりな女の子達から情報収集をしたい。女の子の噂話が侮れないことは前世でよく知っていた。

 その話も、そんなたわいもない噂話から知る。


「獣人の国?」


 ボクは耳を疑った。獣人のふりをすると決めた時、できる限り獣人の情報を集めた。知らないもののふりをするのは難しい。獣人をより深く知ろうとした。だがその中に、獣人の国があるなんて話はなかった。


「そうなの。この国の北側は山脈に遮られているでしょう? あまりに山が険しすぎるからその山を越えようなんて人はいないのだけど。実はその山脈を越えた向こう側に獣人の国があるんですって」


 内緒話をするようにひそひそと小声で話す少女たちの眼差しは物言いたげにボクに向けられる。獣人なら知っているのでは?--と思われているのが丸わかりだ。だがその期待には応えられない。


「知らないにゃ」


 首を横に振った。


「そうよね。ノワールちゃんはこの国で生まれ育ったんですものね」


 少女達は納得する。

 ボクはそうそうと無言で頷いた。口にはケーキをほおばっている。食べるだけ食べて、さっさと退散しようと目論んだ。


「それでね、大事なのはこの後の話なの」


 少女はボクをじっと見る。クラスメートだが、彼女の名前も思い出せない。そんな相手に見つめられ、ボクは居心地の悪さを覚えた。心持ち身を引く。


「どうやら、その国から獣人を攫ってこの国で売っている人がいるらしいの」


 少女は顔をしかめた。


「ええっ? どういうこと??」


 ボクが聞きたかったことをその場の誰かが代わりに聞いてくれる。ボクの周りには5~6人の女の子がいた。


「今、空前の猫ブームでしょう? ネコは人気なのはもちろんだけど、本当はみんなノワールちゃんみたいな可愛い獣人を自分のものにしたいのよ。それで、どこかのお金持ちが犯罪ギルドに依頼したらしくて……」


 彼女はそこで言葉を濁す。その先は聞かなくてもみんな予想できた。


「ノワールちゃんも狙われるかもしれないから、気をつけてね」


 彼女はそう言って、ボクを心配する。どうやら、彼女はボクに注意喚起をしたくてこの話を持ち出したようだ。


「わかったにゃん」


 ボクは頷く。

 その話題はそれで終了で、次の授業の前にボクはアルバート達のところに戻った。平然とした顔をしているが、頭の中ではさっき聞いた話がぐるぐると渦巻いている。


(もしその話が真実なら、それってボクのせいじゃない?)


 罪悪感に襲われた。

 猫ブームの発端はボクだ。そのせいで、獣人の国が迷惑を受けているとしたらとても申し訳ない。

 だが、そもそも獣人の国なんて本当にあるのだろうか? 地理とか歴史とか一通り習ったけど、獣人の国があるなんて聞いたことない。

 そこが隣接している国なら、なんらかの関わりをこの国と持っているはずだ。しかしその存在はちらりとも教科書に出て来ない。

 だが自分が知らないからってそれがないとは限らいことをボクは知っていた。

 そして、ボク以上に他国に詳しい人間が教室の中にはいる。

 ボクはじっとランドールを見た。


「そんなに見つめて、何か用なの? ネコちゃん」


 ランドールは苦笑する。嫌そうな顔をした。悪い予感がするらしい。


「後で話があるにゃ」


 裏庭に呼び出す不良みたいな言葉をボクは口にした。

 ふっ。

 隣で聞いていたアルバートが小さく吹き出す。

 そんなアルバートをボクはじろりと睨んだ。

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