閑話: フライングディスク 2




 ルーベルトの興味が無事にフライングディスクそのものに移り、これで一件落着……とはならなかった。


「作って、見せて」


 にこやかに強請られる。

 本当に怖いのは、笑顔のまま無茶ぶりをする人だなと、ボクはしみじみ思った。

 ルーベルトの微笑みには、否と言えない圧がある。


「う……、うん」


 渋々、ボクは頷いた。

 さっきと同じように、手で丸い空間をなんとなく作る。そしてそこにフライングディスクを想像した。二酸化炭素が石油に変わり、そこからプラスチックが出来ることを頭の中で連想する。

 じわじわと何もないはずの空間にプラスチックが現われて、広がり、丸くなった。ディスクになる。

 プラスチックが変化しなくなるまで、ボクは力を込め続けた。


「凄いね」


 何に対する感嘆がよくわからない賞賛をルーベルトは口にする。出来たばかりのフライングディスクをボクから受け取り、最初のものと見比べた。


「作りは後から作ったものの方がちゃんとしているね」


 二つを見比べて、そう言う。


(あっ。嫌な予感がする)


 ボクは眉をしかめた。次にルーベルトが言いそうな言葉が想像できる。


「ノワール。もう一つ、作れるかい?」


 予想通りの言葉をかけられた。


「無理」


 ボクは頭を横に振る。それだけで、くらりときた。


「なんかわかんないけど、凄く疲れる」


 ぐったりとソファに凭れる。

 一つ目を作った時にはあまり感じなかったが、二つ目を作った時に魔力をごっそり持って行かれるのを感じた。どうやら、見た目のチープさに反して、かなりの魔力を消費するらしい。


(無理なことをする時は魔力消費が大きいのかもしれない)


 そう気付いた。二酸化炭素を石油にするのも、石油からプラスチックを作るのも、機械でするなら大かがりな装置が必要なはずだ。それをボク魔法で代用する。大がかりな装置に見合う魔力が必要だとしても不思議ではない。


(こんなの、量産は無理)


 もともと量産するつもりなんてなかったが、現実的に無理なことがわかった。


「魔力の消費が大きいのか。無理をさせてごめんね」


 ルーベルトは謝る。心配そうに、ボクの顔を覗き込んだ。

 そんなルーベルトにボクは手を伸ばす。甘えるように抱きついた。

 ルーベルトはボクを抱っこする。

 ソファに座り、よしよしとあやした。

 ボクはルーベルトの膝の上で、人の形のままの身体を丸める。体育座り状態で、背中を丸めた。

 その背中をルーベルトの手が優しく擦る。美少年に甘やかされて、悪い気はしなかった。ルーベルトの胸に寄りかかっていると、アルバートが風呂から出て来る。


「ノワール?」


 ボクが身を丸めていることに気付いた。


「すまない。無理をさせてしまったようだ」


 ルーベルトは謝る。


「……」


 アルバートは何も言わず、ボクをルーベルトから受け取った。ガウン姿のまま、ボクを抱っこしてベッドに運ぶ。

 ボクはベッドに寝かされた。


「大丈夫か?」


 アルバートの手がボクの頬を包み込む。温もりが心地よかった。


「うん」


 ボクは返事をしたが、それがどこか虚ろなのは自分でもわかる。とても眠かった。足りなくなった魔力の回復を身体が睡眠で補おうとしているのがなんとなく理解できる。このまま眠るのが正解だと思った。

 だがそんなボクを不安そうにアルバートは見ている。

 何か言わなければと思ったが、口を開く余裕がない。


「大丈夫だ。そのまま寝ていい」


 そんなボクの状態がわかったのか、アルバートは囁いた。優しい手が頭を撫でてくれる。


「にゃーん」


 か弱い声が、無意識にボクの口をついて出た。甘えるようなその響きに、ふっとアルバートが笑った気配を感じる。

 アルバートに触れたくて、手を伸ばした。その手をアルバートが掴んでくれる。ぎゅっと握りしめられ、とても安堵した。


「側にいるから、安心してお休み」


 囁きと共に、頬にキスされる。

 ボクはそのまま意識を手放した。




 目を覚ましたら、朝だった。隣にはアルバートが寝ていて、ボクはアルバートの腕の中にいる。抱きしめられていた。

 温もりが心地よくて、アルバートの胸に顔を埋めてすりすりしていると、アルバートが目を開けた。


「ノワール? いい子だ」


 そんなことを言って、ボクの顎を掴み上げる。そのままキスされた。普通に口にされたが、どう見てもアルバートは寝ぼけている。舌まで口の中に入ってきた。


(まあ、いいか)


 嫌でもないので、流される。

 濃厚な口づけは長くは続かなかった。満足したのか、アルバートは寝てしまう。

 ボクも一緒に、目を閉じた。アルバートが目を覚ますまで眠ることにする。

 まったりとしたその時間はなんとも心地よかった。





 後日、フライングディスクは大活躍した。

 カールが投げることに嵌まる。ボクの体力強化のためのアイテムだということをすっかり忘れ、飛距離を伸ばすことに燃えている。


(それ、カールのタメに作ったわけじゃないから!!)


 心の中で文句を言いつつ、ボクはキャッチに執念を燃やした。自分が意外と負けず嫌いであることを知る。

 小さな白い毛玉にしか見えないボクが、ディスクを追い掛けて全力疾走する様子をアルバートとルーベルトがにこにこしながら見ていた。

 ボクも意外と楽しい。

 フライングディスクなんて犬用のおもちゃだと思っていたが、猫の狩猟本能も十分に刺激するようだ。

 飛んでいくディスクを見ると、うずうずする。

 30分もやると、猫の身体でもぐったりと疲れた。

 ボクは休憩して、アルバートの膝の上で眠る。身体を丸めているとアルバートの手が優しく全身を撫でていく。

 マッサージみたいで気持ちが良かった。


「にゃーん。にゃーん」


 鳴き声を上げると、アルバートは嬉しそうな顔をする。マッサージが両手になった。

 そんな風にボクがまったりしている間も、カールはディスクを投げて遊んでいる。あまりに気に入ったようなので、一つあげることにした。




 そのカールに上げたディスクは後日、ロイドの目についた。個人の教官室を持っていないカールは、私物の一部を勝手にロイドの教官室に置いている。フライングディスクもロイドの教官室に保管していた。ロイドはディスクの素材に興味を持つ。

 自分にも一つくれないかと頼まれたので、ボクは断わった。

 魔力の消費が半端ないので、量産には向かないし、今後、作るつもりもないことを告げる。

 ロイドはとてもがっかりしていた。だが、プラスチックなんて便利な素材をこの世界に広める訳にはいかない。何より、魔力がごっそり消費されるのは事実だ。


 こうして、フライングディスクはボクの遊びと、カールのお楽しみのためにだけ使われることになった。


 


 

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