8-1 秘め事





 渋い顔をしている男が二人、テーブルを挟んで向かい合っていた。

 テーブルの上にはワインの瓶とグラスがある。だが、グラスの中身はまったく減っていなかった。

 二人は黙って、何かを考え込んでいる。

 互いの顔さえ見ていなかった。

 部屋の中の明かりはかなり落としている。わざと薄暗くしてあった。二人とも、明るい部屋の中で互いの顔を見る気分ではない。

 だが暗くても、その部屋が豪華なことはわかった。部屋の装飾の一つ一つが高そうなのが見て取れる。

 貴族の邸宅の部屋なのは明らかだ。


「……」

「……」


 沈黙は重く続いている。


「さて、どうしたものか」


 黙っているのが気詰まりになったのか、男の一人が口を開いた。


「そうさな」


 もう一人男が答える。


「獣人に精霊の加護か」


 独り言のように呟いた。ため息がそこに続く。

 それがどちらのものなのか、本人たちにもわからなかった。二人とも、ため息を吐きたい気分だ。


「一つの家だけが力を持つのは、不味い。世の中はバランスが大事だ」


 一人男の言葉に、もう一人の男が頷く。重苦しい沈黙がまた続いた。

 獣人を従者にすることも精霊の加護を受けるのも、普通の事ではない。それを一つの家だけが恩恵を受けるのは異常事態だ。それは波紋や波乱を呼ぶ。


「さて、どうしたものか」


 男はまたそう口にする。何をどうするべきなのか、本当は二人ともわかっていた。だが、そのことを考えるのはとても気が重い。

 男達は深いため息を吐いた。






**********




 学園生活は思いの外順調で、楽しかった。気付くと、あっという間に半年が過ぎる。

 その間、ボクは会話の全てをにゃんで乗り切っていた。

 だだにゃんにゃん言っているだけなのだが、相手が勝手に好意的に解釈してくれる。すごく楽だ。

 猫語で通せるのはせいぜい三ヶ月程度だと思っていたので、この事態に一番ボクが驚いている。どこかの段階で、話さなければならない事態になることは覚悟していた。だが、そうはならない。日常生活にたいして不便がないのは本当に不思議だ。

 それはもちろん、アルバートやルーベルトの協力があるからというのも大きい。

 相変わらず、アルバートはボクにべた甘だ。ルーベルトはそんなボクとアルバートのことをさりげなくフォローしてくれる。

 それに、可愛い子は得だといろんなところで感じた。基本、みんな優しい。話せないと思っているから、初めからしゃべることを求められていなかった。

 まだ子供なので、無邪気な顔をしていればたいていのことは許される。


 だが、全く困ることがないとは言えなかった。

 しゃべれないことをいいことに、秘密を打ち明けにくる人がいる。

 秘密というのは、一人で抱えているのが辛くなるものらしい。抱えきれなくなると、こっそりボクに打ち明けに来るようだ。

 たまに一人でいるときに寄ってくるのは、そういう秘密を抱えている子が多い。

 一方的に秘密を話し、すっきりした顔で去って行った。

 残されたボクは悶々とする。

 人の秘密なんて、聞いて楽しい内容の方が少ない。


(おおぅ)


 そんな変な声を心の中で上げてしまうような内容がほとんどだ。

 それがただの恋話程度の内容なら、まだいい。だが最近はなにやらきな臭い話までされるようになった。

 秘密を打ち明けるというか、悩み相談室になりつつある。

 相談室なんて、開いた覚えはさらさらないのだが。


(これは秘密にしておいたら不味い話じゃないですか? 言った方がいいんじゃないですか?)


 喉までそんな言葉が出かかるが、口に出来なかった。

 打ち明けた方は楽になるのかもしれないが、こっちのストレスが堪る。


「お悩み相談室じゃないっつーの!!」


 風呂の中で一人、叫んだ。お風呂に入りながら、悶々としてしまう。


「ノワール。どうかしたか?」


 その声は外まで聞こえたようだ。アルバートが心配そうに、バスルームを覗く。


(何故、覗く。外から声をかけるだろう、普通)


 そう思ったが、今さら過ぎて突っ込む気になれなかった。アルバートは一緒にお風呂に入るのも大好きだ。髪を洗ったり、身体を洗ったり、世話をしたがる。


「何でもない」


 そう言ったのに、アルバートはバスルームの中に入ってきた。バスタブで湯に浸かっているボクの目の前まで来る。


「なんでご機嫌斜めなの?」


 優しく頭を撫でられた。


「別に斜めじゃない」


 頬を膨らませた状態で言っても何の説得力もないのはわかっているが、否定する。

 アルバートもルーベルトも、ボクのお悩み相談室状態には気付いていない。その話をボクがしたことがないからだ。

 しゃべれないと思っているから、相手は安心して秘密を打ち明けるのだ。例えそれをこちらが全く望んでいないとしても。その信頼は勝手なものだが、裏切るのもなんとなく後ろめたかった。結果、ボクは聞いた話を二人にさえしていない。


「そうか」


 アルバートはそれ以上、追求しなかった。聞いても、ボクが答えないことを知っている。


「髪、洗ってあげようか?」


 代わりに、そう聞いた。ボクの髪をさらさらと指で弄ぶ。


「それ、アルバートが一緒にお風呂に入りたいだけだよね?」


 ボクは小さく笑った。


「そうだよ」


 アルバートは微笑む。その笑顔は相変わらずキラキラしていた。半年経ち、成長期のアルバートはちょっと大人になった。イケメンぶりに磨きがかかっている。


「いいよ」


 イケメンに基本、ボクは弱い。あっさり、受け入れた。


「ちょっと待っていて」


 アルバートは用意のために、一度バスルームを出て行く。ボクは逆上せないよう、バスタブの縁に腰掛けて、アルバートを待った。

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