8-2 課外活動仲間





 週に二回、課外活動の時間がある。

 アルバートは剣術クラブに行く前に、ボクをロイドのところに送り届けてくれた。半年近くそんなことを繰り返していると、そういうルーティンにも慣れてくる。

 ボクはロイドの教官室の前で抱っこしているアルバートの腕の中から下りた。一人で部屋の中に入る。

 カード型のキーをタッチすると、ドアはシュッと横に開いた。


(相変わらず、ここだけ妙に近代的)


 心の中で呟く。もっとも、この自動ドアは魔法で作動している。これを近代的と称していいのかどうかは少し謎だ。


「にゃあ」


 挨拶代わりに、一声鳴く。こんにちわ~と言っているつもりだ。


「いらっしゃい」


 応えてくれた声はロイドのものだけだ。他の部員からは返事がない。どうやら、すでに自分の世界に没頭しているらしい。

 ロイドが担当している魔法研究なんとかクラブは部員が本当に少ない。3年生はクリスとエリザベート二人だ。クリスはイケメンを見慣れているボクでさえ見惚れるほどの美少年だ。反対にエリザベートは自分の容姿にとことん無頓着な女性だ。その分、全てのエネルギーを魔法の研究に注いでいる。発想が面白いので、彼女の研究は見ていると楽しい。2年生は一人で、カインズという名前の少年だ。こちらは見た目は普通なのだが、とても変わった属性の魔法を使える。そして新入生はボクだけなので、たったの4人だ。


(それでクラブとして成立しているのって、可笑しくない?)


 そう思うが、口にしたことはない。というか、にゃあしかしゃべれないことになっているので、会話は基本的に筆談だ。雑談は面倒なのでしたことがない。


 そもそも、部員が時間中に雑談している姿なんて見た事がなかった。ロイドが個人的な好みで選んだという部員はみんな変わっている。一芸に秀でているようだがその分、何かが欠けていた。その何かは常識だなと、自分が非常識きわまりない存在であることを自覚しているボクでさえそう思う。

 先輩達が興味があるのは魔法の研究にだけだ。それ以外のことには全く、何一つ関心がない。

 ボクの存在さえ、まるっと無視だ。悪意はないのだが、目に入っていないらしい。


(こんなに可愛い猫ちゃんを無視できるって、人として可笑しくない?)


 しれっと無視され、最初は苛められているのかと思った。だが、直ぐに違うとわかる。可愛いものを愛でる感性はないのかと、彼らを疑いたくなった。だが、半年たった今ならはっきり言える。先輩達にそんな感性は存在していない。彼らにあるのは魔法への探究心のみだ。

 ボクが獣人であることさえ、気付いているのか怪しい。たぶん、頭についている猫耳は見えていないだろう。


 だが、慣れるとそれが心地よかった。

 どこにいても注目を浴びるので、全く関心を持たれていないのはとても楽だ。

 ボクも課外活動の時間は好きなように過ごしている。

 ロイドはそんなボクにつきっきりになることが多かった。

 研究を手伝ってくれることもあるが、ただボクを構いたいだけのようだ。

 膝に抱っこしたいロイドと、それが鬱陶しいので一人で座りたいボクとの攻防戦は一月近く続いたが、面倒になったボクが折れる。

 膝に座ってやれば満足して大人しくしているので、ロイドの膝に座ってあげる事にした。

 気分はサービスのいい風俗にお姉さんだ。たまに、にゃーんと鳴きながら甘えてあげたりもする。

 メロメロになっているロイドはちょっと面白かった。

 今日はちょっと甘えたい気分だったので、すりすりとロイドの胸に頭をこすりつける。


(存分に甘やかすが良い)


 上から目線でそんなことを思った。猫であるボクは基本的には愛玩動物だ。可愛がられてなんぼだと思っている。


「ノワール、可愛い」


 ロイドはぎゅっと抱きしめてきた。


「にゃにゃっ」


 苦しいと、ボクは文句を言う。

 ロイドは基本、加減がわからない男だ。たまに扱いが乱暴になる。もしかして故意なのではないかとボクは少し疑っているが、確証はない。


「シャーッ」


 振り返って威嚇すると、ロイドは慌てて手を離した。


「ごめん。ごめん。お菓子をあげるから許して」


 目の前に沢山のお菓子が皿に盛られて出てくる。できるメイド人形のカノンが用意してくれた。それは当然、ロイドの指示だ。だがその指示をいつ出したのか、ボクにはわからない。


 カノンについてはいろいろ謎だ。一度解体して中までじっくり見せて欲しいところだが、さすがにそれは言い出せない。

 人形とはいえ、動いているものを解体するのはなんとも後ろめたかった。

 それに、何でも教えてくれるロイドがカノンに関してだけはいろいろと秘匿する。無理矢理聞き出すことも出来なくはないかもしれないが、後味の悪い思いはしたくなかった。それなら、自分で研究して謎を解決する方が楽しい。


 そういうわけで、ボクがここ半年近く研究しているのは第二のカノンを作ることだ。複数の魔法陣をどのように配置すればちゃんと動くのか、体長30センチ程度のぬいぐるみで研究している。

 ちなみにこのぬいぐるみはルーベルトのお手製だ。この世界には人形はあるがぬいぐるみはない。人型の人形は関節が動かないので、実験には向かなかった。そこで、ボクの前世の知識を元にぬいぐるみを作って貰った。予定ではウサギになるはずだったが、ボクの説明が悪くてクマのようなウサギのような、中途半端な耳を持ったぬいぐるみが出来上がる。拘ったのは関節ごとにパーツを区切り、肘が曲がったり、膝を曲げたり出来るようにすることなので、顔立ちに関しては妥協した。

 そもそも、人に作ってもらって文句を言うのも違うだろう。ボクよりルーベルトの方がずっと針仕事が得意だったので頼んだが、ルーベルトは何気に何でも出来る。貴族の男性が針仕事なんてする必要があるとは思えないが、ルーベルトはアルバートのタメに身の回りのことを全て出来る人間を目指しているようだ。実は料理も作れるらしい。ハイスペック過ぎて驚く。

 ちなみにボクには興味がない先輩達も、そのぬいぐるみには興味津々だ。最近、ちょっと動くようになったのでいろいろ聞かれる。

 先輩達ともちょっと仲良くなれてきた。課外活動が楽しくなる。

 お菓子を食べてエネルギーを補給しながら、ボクは自分の研究にのめり込んでいた。


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