閑話: フライングディスク





 週に一度、ボクは猫の身体で全力疾走することになった。体力をつけるには、猫の状態で運動するのが効果的であることに、ボクは気付く。

 人型の時には体力をつけるほど動けない。

 そもそも、魔法で変化した状態で運動する意味があるのか、とても謎だ。

 だが猫の状態は自分の本当の姿なので、頑張った分だけ、体力がつく気がする。

 もっとも、それも気のせいという可能性もあった。実際、体力が付いているのか判断する指標はない。

 だがなんとなく、猫で運動するのが正解な気がした。

 思い切り走り回るのも楽しい。だが、だだ走るだけだと飽きるのも早かった。


(早い話、マラソンだしね)


 心の中でぼやきながら、何か楽しんでやれる方法はないのか考える。

 猫だが、フライングディスクとかありじゃないかと思った。それなら、アルバート達とも一緒に楽しめる。

 だがもちろん、この世界にフライングディスクなんてある訳がない。そもそも、プラスチックがなかった。

 何か代用品がないかと考えて、はたと気付く。


(なければ、作ればいいんじゃない?)


 そう思った。この世界は魔法の世界だ。不可能を可能にする。

 それでも、魔法も万能ではない。0から1は生み出せない。しかし、ボクには勝算があった。


(二酸化炭素から服を作れるって、知っているもんね)


 ふふんと、誰にでもなく胸を張る。

 前世のわたしは特に何か優れた特技があるわけでもない普通の人だった。個人的に宇宙とか科学とか好きだったが、たいした知識はない。その薄い知識の中に、二酸化炭素から服ができるという情報があった。

 その話を最初に聞いた時には、魔法かよって突っ込みたくなかった。最初と最後だけ聞くと、荒唐無稽な話に聞こえる。だが実際には、何段階にも段階をへてるので可能な話だ。

 二酸化炭素をまず石油に変える。その石油から化学繊維を作る。化学繊維を石油から作るのは既存の技術ですでにあった。そして作られた化学繊維を生地にする。

 説明を聞いた時には感動した。荒唐無稽に思える話も、夢物語ではない。

 石油が炭素が変化したものであるくらいの知識はある。二酸化炭素から作れるなら、ボクにも出来るだろう。それをプラスチックにすることも。0を1には出来ないが、1を別の1に変えるのことは出来るだから。




 寮の部屋でこっそり、ボクはフライングディスク制作を試した。

 アルバートやルーベルトには何も言わない。

 説明するのが難しかった。

 ばれないうちに作ればいいのだと、アルバートが風呂に行った隙に、ソファの隅に座ってこっそりと試した。

 頭の中でフライングディスクの形を思い浮かべて、二酸化炭素が最終的にそれになることをイメージする。両手で直径20センチ程度の丸をなんとなく形作ると、魔力をその空間に流した。そこに物体が現われる。

 何もない空間からわき出るような感じで現われたそれは広がって丸くなった。

 あっさりと、フライングディスクが完成する。


(思ったより、簡単)


 ボクは出来上がったものを手に取り、しげしげと眺めた。

 出来上がりはわりと普通に見える。

 薄いプラスティックが丸くなり、ちょっと湾曲していた。うろ覚えのボクの記憶を元に作られているから、作りは甘い。単純な作りの物だから失敗しないが、難しいものは無理だなと思う。せっかくプラスチックを作りだせても、ボクの曖昧な知識では活用のしようがない。

 出来上がる過程はなかなかのシュールさだ。


(なんか気持ち悪かったな)


 そう思ったが、口には出さない。見つからない内に隠しておこうと思ったら、遅かった。振り返ったら、ルーベルトがいる。

 こちらをじっと見ていた。


(いつの間に?)


 内心、冷や汗をかく。思わず、後ろ手に隠した。

 それを見たルーベルトはにっこりと笑う。


「それ、何?」


 当然、誤魔化せる訳がなかった。


「な……、投げて遊ぶおもちゃ」


 ボクは答える。ちょっと言葉に詰まった。


「今、作ったの?」


 ルーベルトはにこやかに確認する。笑顔がとても不気味だ。


「……うん」


 素直にボクは頷く。下手に隠し立てした方がややこしくなると思った。


「ノワールは変わったものを作るね」


 そんなことを言いながら、手を差し出す。フライングディスクを寄越せと要求した。


「……」


 ボクは眉をしかめながら、ディスクを渡す。

 手にした瞬間、ルーベルトは驚いた。


「軽いね」


 感心しながら、拳でこんこんとディスクを叩く。材質を確認しているようだ。


「それに、不思議な感触だ。金属の堅さとは種類が違う」


 ボクは眉をしかめる。プラスチックに興味を持たれると、困ると思った。


「これはなんだい?」


 改めて、ルーベルトは確認した。


「こうするの」


 ボクはルーベルトからそれを受け取り、投げる。

 ディスクはわりと飛んだ。


「ほう」


 ルーベルトは感心する。

 ディスクを拾って、裏を見た。仕組みを知りたいらしい。わざと湾曲させてあることに気付いたようだ。


「それをアルバートやルーベルトに投げてもらって、子猫のボクがキャッチするの」


 ルーベルトが興味を持ったのをこれ幸いにと、興味の対象をフライングディスクに向けさせる。プラスチックに関心を持たれるわけにはいかない。この世界にない材質を広めるつもりはなかった。


「面白そうですね」


 ルーベルトは乗る。


「この次、これで遊ぼうね」


 ボクは約束した。

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