14-7 ネコネコカフェ3<王子視点>




 部屋の中に入ると、カールがいた。ネコミミを付けている。その奥にはロイドもいるのだが、カールの身体に隠れてランドールからはよく見えなかった。長身で体躯もいいカールが可愛らしいネコミミを付けているというインパクトは大きくて、他のものが目に入らない。


(ごついネコだな)


 そう思ったが、ある意味、可愛らしくもあった。じわじわと面白くなってくる。

 ふふっと口元を隠すようにして、ランドールは笑った。


「王子」


 カールはそんなランドールを笑顔で呼ぶ。こちらに来て欲しいと言うように、小さく手を上げた。

 ランドールはそれに笑顔で応えようとする。だが、口の端を上げたところで笑顔がぴしっと凍てついた。

 カールの前に誰がいるのか、気づく。ミリアナが振り返って、こちらを見た。

 カールはランドールの護衛騎士だったこともあるが、その後は姉の護衛騎士をやっている。もっとも、それは任期である5年を待たずに辞めていた。


 小さな頃、ランドールにとってカールは兄同然で、家族のようだった。貴族や王族はたいていの場合、乳母に養育される。兄弟とも別々に育つのが普通だ。ランドールも乳母に育てられた。母と顔を合わせるのは週に一度か二度くらいで、後から生まれた弟妹とはもっと少ない。ランドールには母や兄弟よりカールの方がずっと共にいる時間が長かった。カールは面倒見がよく、遊び相手もしてくれた。懐くのは当然だろう。だが、それはあまり歓迎されないことだったようだ。ランドールがカールに懐いているという話が広まると、護衛騎士の配置換えが行われる。カールは姉の護衛騎士になった。それをランドールは姉の嫌がらせだと受け取る。また姉が父に何か言ったのだと思った。それに関しては、今でもけっこう根に持っている。


「……」


 ランドールはなんとも言えない目で、カールの前に立っている姉を見た。ミリアナが何のためにそこに立っているのか、考える。

 だが、結論は出なかった。


「王子、こちらですにゃ」


 カールに呼ばれる。ホストであるカールもネコネコカフェのルールには従うようだ。語尾ににゃんがついている。

 ごつい男が真顔でネコミミを付け、語尾ににゃんをつけて話す姿はなかなかのシュールさだ。


「……」


 なんとも微妙な気分で、ランドールはカールの前まで進む。自分が近づけば逃げるように立ち去るだろうと思った姉も何故かそのままそこにいた。


(?)


 ランドールは違和感を感じる。


「今日のお茶会のコンセプトはご覧になりましたにゃ?」


 カールの視線はネコミミを付けた後、渡された1枚の紙に向けられた。ランドールもざっと目を通した紙を見る。


「ああ。部屋の中にいる間は、ネコになりきり、仲良くするというものだろう?」


 頷いた。


「語尾は”にゃん”です、王子」


 カールは指摘する。


「ふっ」


 ランドールは吹き出した。


「わかったにゃん」


 返事をする。

 普通に注意されたらイラッとしたかもしれないが、にゃんにゃん言われながら指摘されると、なんだか逆らう気になれなかった。そんなことをしたら、自分がとても大人げない気がする。


「上出来ですにゃん」


 語尾ににゃんを付けながら、カールは褒めてくれた。


「それでは、手を出してくれにゃん」


 手の平を上に向けて差し出す。


「は?」


 ランドールは首を傾げた。


「お手を」


 カールはもう一度、繰り返す。


「?」


 わけがわからないまま、手を差し出したら手首にブレスレットのようなものを付けられた。それにはリボンを編み込んで作ったヒモのようなものが付いている。そのヒモの先をたどると、びっくりした。姉の手首にもブレスレットのようなものが付けられ、そこに繋がっている。ちなみに、姉にブレスレットを付けていたのはロイドだ。

 カールの幼馴染で、兄弟同然だというロイドのことももちろん、ランドールは知っている。


「一体何を……」


 ランドールは困惑した。


「言葉遣い」


 カールではなく、姉に注意される。


「……」


 ランドールはとても冷めた目でミリアナを見た。


「王子にゃん」


 カールに呼ばれる。ケンカをするなというニュアンスはふざけた呼び方でも伝わった。


「これはにゃんなのですか?」


 ランドールは言い直す。


「本日は2人一組でペアを組んで貰うにゃん。そのペアは繋がれて、一定距離以上、離れられないシステムだにゃん。王子のペアは王女だにゃん」


 説明してくれたのはカールではなく、ロイドだ。妙にノリノリで、にゃん語遣いが妙に様になっている。


「ということですにゃん」


 カールが最後だけ、ロイドに被せた。


「王族に対して、不敬ではないのか……にゃん」


 文句を言おうとして、ミリアナ、ロイド、カールに見つめられた。最後に慌てて、にゃんを付ける。


「これでも最大限譲歩して、プレスレットとリボンにしたのにゃん。他の側近達は手錠だし、魔力制御の首輪も付けてもらうにゃん。王族を特別扱いしているので、不敬にはあたらないと思うにゃん」


 ロイドは言い訳した。

 ランドールは後から入ってくる側近を振り返る。ミリアナの側近が入ってくるところだった。確かに首には首輪がついている。鈴がついていて、動くとチリンチリン可愛らしく鳴った。

 確かに、特別扱いはされているらしい。


「にゃぜ、このようなことを……」


 ランドールは困惑する。


「わたしたちに仲良くなって貰わなければ、困るそうだにゃん」


 ミリアナはにゃんにゃん言うのが恥ずかしそうな顔をした。年齢的に痛いと思っている。だが、そういうコンセプトだ。

 コホンとわざとらしく咳払いして気持ちを落ち着け、何枚かの紙の束をランドールに差し出す。

 ランドールは反射的に、それを受け取った。貰った後に、警戒心の少なさを反省する。受け取る前に、安全を確認するべきだった。


「とりあえず、読むのにゃん」


 ミリアナはどこか開き直った顔で、そう言った。

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