14-6 ネコネコカフェ2<王子視点>





 当日、ランドールは戸惑った。

 それは自分が知っているお茶会とはずいぶん違う。まず、入り口に受付があった。

 ノワール達との打ち合わせに出ていた側近から、今回のお茶会が普通のお茶会でないことは聞いている。コンセプトがあると聞いて、「何の事だ?」と思った。だが、わからないという顔をするのは王子としての矜持が許さない。わかっているふりをした。

 姉がすでに了承済みであることは聞いていたので、余計なことを言って姉との関係を悪化させたくはないとも思う。


 ランドールにとって、姉とは意味不明な生き物だ。

 一言で言えば、”意地の悪い人”になるだろう。しかしそう説明すると、たいていの人は常識のない女性を想像する。だが実際には姉は常識的な人だ。社交もマナーもちゃんとしている。ただ、自分と母に対してのみ、理不尽で意地が悪かった。それ以外にはちゃんとしているのに、自分たちに対してのみ、理に合わないことも平然とする。

 それが悪評に繋がるのだが、本人がそれをまったく気にしていなかった。

 その理由をランドールはすでに知っている。その件に関しては、同情する部分がなくもないので困った。

 誰もが眉をしかめるくらい非常識だったり、誰にでもやつあたりするような人だったら追い落とすのも簡単だったろう。しかしそうではないので、ある意味、一番厄介で手に負えなかった。

 そんな姉への対処法は、逆らわないのが一番だと知っている。大人しく言うことを聞いていれば、揉めることもない。


(いつまでこんなことを続けるのだろう?)


 だが、そう思ってもいた。いい加減、姉の顔色を窺うのも疲れていた。

 そんなことをぼんやり考えながら、姉とネコを見ている。


 姉のお気に入りとなった例のネコは受付にいた。今日は一段と可愛らしい格好をしている。その格好に負けないくらい、本人の容姿は愛らしかった。


(よく出来た人形のようだ)


 心の中で感嘆する。

 貴族や王族には整った顔立ちの人間が多い。何代にもわたって、美人の妻に娶り、美形の遺伝子を取り込み続けてきたのだ。美しい顔立ちの子が生れるのは、ある意味、必然だろう。

 ランドールは生れた時から顔立ちの整った者を見慣れて過ごした。身の回りにいるのは王族か貴族だ。それ以外の使用人も、基本的には容姿は端麗なものが取りそろえてある。

 だがそんなランドールから見ても、ノワールは飛び抜けて美しかった。幼いながらすでに顔立ちは出来上がり、銀髪に白い肌と色素は全体的に薄い。そんな中、左右の色が違う瞳はとても目立った。宝石を二つ、人形の中に埋め込んだように見える。

 そして頭にはよく動くネコミミがついていた。それが感情に合わせて動くので、なんとも愛らしい。

 打ち合わせに出した側近もノワールにメロメロになって帰ってきた。頭を撫で、耳をもふもふさせて貰ったらしい。


(問題なのはあのネコの中身が空っぽではないことだな)


 ランドールは姉のミリアナと会話しているノワールを見た。会話と言っても、ノワールはにゃあにやあ鳴いているだけに過ぎない。自分が可愛いことを知った上で、相手の懐に入り込んでいた。

 姉がそんな単純な手に簡単に引っかかっていることに、ランドールは違和感を覚える。姉は決して、愚かではなかった。自分と母のことが無ければ、優れた人なのだと思う。そんな姉が、ノワールにはすっかり懐柔されている。

 ノワールを可愛がるようになってから、元の聡明な姫に戻ったと評判だ。

 実際、ノワールを城に呼ぶようになってからは、私達や母に対する姉からの執拗な干渉はぴたっと止む。そんな暇はないようだ。ノワールと遊ぶのが忙しいらしい。


 ノワールがただ見てくれだけのネコなら、どんなに気が楽だろう。だが、おそらくはそうではない。見た目の愛らしさに騙されはいけないと、ランドールは思った。

 ああ見えて、ノワールは学園の成績もトップクラスだと聞いている。こちらが考えているより、はるかにいろんなことを理解していると考えた方が良さそうだ。

 今日のお茶会も、コンセプトを決めたのはノワールらしい。


 ネコネコカアェへようこそ--と、扉の横に大きな文字で書いた紙が張ってある。そこには今回のコンセプトも書いてあった。


 ”ネコになってみんなで仲良くお茶をすること”


 たった一言、そうある。だがそれがとても難しいことをランドールよく知っていた。ちらりと自分の後ろにいる側近達を見る。会場に入る前から、王子派と王女派に分れて牽制し合っていた。ぴりぴりした空気が漂っている。仲良くなんて出来るはずがなかった。


 ミリアナはネコミミを頭につけ、上機嫌で室内に入っていく。次に自分の番が来て、ランドールはノワールの前に進んだ。


「にゃあ」


 挨拶をするように、ノワールは愛らしく鳴く。キラキラした目でランドールを見つめた。


「ああ」


 それにランドールが返事をすると、にっこりとノワールは笑った。


「にゃあ、にゃあ」


 ネコミミを差し出す。付けろと笑顔で強要した。


 正直に言うと、面白くない。何故こんなものを付けなければならないのか、納得出来なかった。

 だが、それはドアの横に書いてある「ネコになりきる」というフレーズに関係しているのだろう。


(ここでゴネたら、ノリノリでネコミミを付けて室内に入った姉より、私の方が気難しく見えるな)


 そういう計算を瞬時に行って、ランドールは笑顔でネコミミを受け取った。だが、ノワールの役目はそれでは終わらないらしい。

 メッセージが書かれた札を持ち上げ、今、この場で装着しろと急かした。何がなんでも、ネコミミを付けさせたいらしい。


「……」


 ランドールは渋々、ネコミミをつけた。



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