14-8 事実は小説より奇なり。<王子視点>
ランドールはいろいろ困惑していた。
ミリアナと繋がれたこともそうだが、姉の様子がいつもとは違う。物心ついた頃から、姉には冷たくされた記憶しかなった。なのに、今日はどこか違う。特別優しいわけでは無いが、冷たくされている感じは受けなかった。
(ネコを可愛がるようになってから、丸くなったというのは本当なのか)
ランドールは初めて、噂を信じる気になる。今までも噂は耳に入っていたが、どこか眉唾物だと思っていた。そう簡単に、人は変わるわけがない。
とりあえず、渡された紙の束に目を向けた。
それは絵に短い文章がついている。この世界には絵本がないので、そういう形式の書類を見たのはランドールは初めてだ。かなり読みやすいという印象を受ける。子供向けという感じがした。
「昔話ですか?」
出だしをちょっと読んで、そう問う。語尾ににゃあはつけていないが、ミリアナは何も言わなかった。
「……」
黙って、先を読むように目線で促す。
ランドールは読み進めた。
それはとある国の王子と王女の話だ。
仲の悪い2人は後継者争いで揉めている。その波紋は周囲にも及んだ。いろんな人が巻き込まれ、被害を受ける。
それは2人の仲が悪いせいだと、物語は示唆していた。
「……」
ランドールは眉をひそめる。この話が誰をモデルにしているのかは、考えなくてもわかった。自分と姉だろう。
内心では舌打ちしたい気分だ。
そして話はなんとも中途半端なところで終わっている。王子と王女は悪い人に利用され、みんなを巻き込んだだけだ。あげく、誰も幸せになっていない。
「……」
ランドールはあえて何も言わず、姉を見た。
「このままではそういう未来が来るかも知れないから、嫌なんですって」
ミリアナは説明する。
「誰が、嫌なのですか?」
ランドールは問うた。
「わたしの可愛いネコよ」
ミリアナは微笑む。
ランドールは、人形にしか見えないほど整った子供の顔を思い浮かべた。見た目は小さな子供なのに、中身はそう感じない。とてもアンバランスな感じがした。
「わたしも、自分の周りが不幸になるのは望まない」
静かで落ち着いたミリアナの声がそう続けた。
「だから、仲良くしようと?」
ランドールは皮肉げに口の端を上げる。勝手だと思った。意地悪したのも冷たくしたのも、そちらから始めたことだ。それを今さら、仲良くしましょうと言われて、そうですねと手を取れるわけがない。そんな簡単なことではなかった。
怒りなのか何なのか、自分でもよくわからない感情がランドールの中にこみ上げてくる。
「無理なら無理でいい」
ミリアナは小さく首を横に振った。
「ただ、わたしはもう王家の問題に関わらないことにした。身を引いて、どこかで静かに暮らすわ」
淡々と告げる。
それには、近くに居たカールもロイドも驚いた顔をした。2人も知らなかったらしい。
だがこの2人は、王族の会話に口を挟むようなマネはしない。
聞いては不味い話だと察したのか、すっと離れていった。他の入場者を出迎えにいく。
二人きりになったことを確認してから、ランドールは口を開いた。
「貴女は勝手だ」
ミリアナを責める。
「そうね」
ミリアナは静かに頷いた。
「謝れば、許されるのか? 無かったことになるのか? カールを取り上げたり、大切なものは全てわたしから奪ったくせに」
ランドールは文句を言う。
「カールの件はわたしではない。あれは城の人事だ」
ミリアナは告げた。
「え?」
ランドールは戸惑う顔をする。
「わたしがカールを取り上げたなんて、誰に聞いたんだ? 確かに懐いているという噂は耳に入っていたが、城の人事を動かす権限はわたしにはない。わかりやすい言い方をすれば、クビにすることは出来る。不要だと、切ることは。だが、護衛騎士を誰にしたいのかなんて、指名は出来ない。それはランドールも同じではないか?」
問われて、ランドールは考え込んだ。そう言われれば、確かにそうだ。ランドールは一度も、護衛騎士を自分で選んだことがない。
「では……、カールの移動は偶然なのですか?」
困惑しながら、ミリアナに聞いた。
「……いや」
ミリアナは否定する。
「おそらく、偶然では無い。護衛騎士は5年が任期だが、たいていの場合は再任される。それに変更があった場合は、誰かの意思が介在していると考える方が妥当だろう。その場合は決定権を持つ人事の長か国王である父上だ」
反応を伺うように、ランドールを見た。
「父上が……」
ランドールは正確に、ミリアナの言いたいことを理解する。
「何故ですか?」
困惑した。
「次期国王がたかが護衛騎士の1人に懐くのはよろしくない。--父上ならそう考える」
ミリアナは答えた。
「あの人は父である前に、国王だ。国王としては、その判断はあながち間違ってはいない」
ミリアナの言葉に、ランドールは何も言えなくなる。思い当たる事はたくさんあった。父にとって、母は子を残すための道具に過ぎなかった。王妃になってからも、父が母のところを訪れるのは子作りのためだけだ。そして生まれてきた子はみな、国に捧げられている。
「……」
ミリアナは黙っていた。ランドールが何を考えているのかは、だいたいわかる。
ミリアナがランドールやその母の諸々を知ったのは数年前だ。その前までは、父は若い女に入れ込んだのだと思っていた。だが、ランドールの母が血を残すためだけに選ばれたことを偶然、知ってしまう。
ミリアナの知る父は母に気遣いが出来る人だった。王妃になるべく他国の王族から嫁いできた母に父は優しい。生まれてきたのが娘であってもそれは変わらなかった。母にも自分にも父は優しい人だったと思う。
その父が、男子を産ませるためにだけ妻を娶ったなんて信じられなかった。だが、それは事実だ。ランドールの母は望んで王妃になったわけではない。彼女は王妃という地位にいるが、それは何の権限もないお飾りの立場だ。母には与えられていた権限を何一つ持っていない。その権限は母からミリアナに譲渡されてあった。
それを知った時、ミリアナは彼女とその子供達を憎んだり恨んだりするのを止めた。彼女たちはむしろ犠牲者だと思う。
でも今さら、手のひらを返したように優しくするのも無理だ。結局、ずるずると今日まで来てしまう。
「違うなら違うと、何故、もっと早くに否定しなかったのですか?」
ランドールは尋ねた。誤解されてもずっと黙っていたことを訝しく思う。
「面と向かって言われたのは、今回が初めてよ。言われもしないことを否定するのはおかしいでしょう?」
ミリアナは答えた。筋が通っている。
「……」
ランドールは考え込んだ。
「もしかして、全てがわたしの勘違いだったりするんですか?」
わからなくなって、問いかける。
「そうでもないわ」
ミリアナは首を横に振った。
「意地悪したことがなかったわけではない。冷たくしたことも。……わたしはずっと、怒っていたから」
苦く笑った。自分でも大人げないことをした自覚がある。だが当時、ミリアナも子供だった。
「だが、ここ数年は何もしていない」
いろいろ知ったことは告げない。
「そうですか」
ランドールはなんとも複雑な顔をした。
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