14-9 分身したい。
受付を終えてボクが中に入った時、室内はちょっと殺伐とした空気に包まれていた。強制的に、手錠で繋がれた人たちがぎくしゃくした雰囲気を醸し出している。
普段、仲が良くない相手と手錠で繋がれているのだから当然だろう。誰もが気まずい顔をしていた。
だが、想定していたよりみんな大人しい。
(怒り出す人がいないだけマシかも)
そんな風に思った。
怒って暴れられたら困ると思ったので首輪を用意したのだが、この分なら、首輪はいらなかったかもしれない。魔力を制限する必要はなかったようだ。
みんな嫌がっているわりに、静かにしている。騒がないのには理由があった。側近達は皆、ちらちらとある一角を気にしている。そこには王子と王女がいた。
2人は何かを話し込んでいる。それは比較的穏やかな感じに見えた。少なくとも、怒ったりはしていない。なんとなく邪魔するのが躊躇われる空気があった。
ボクにはけっこういい雰囲気に見える。
(何を話しているのだろう?)
とても気になった。だが、邪魔はしたくない。
その気持ちは側近達も同じようだ。ここから見ている感じでは、どちらの側近も2人に仲良くして欲しくないと思っているわけではなさそうだ。
いろいろと思惑は当然、あるだろう。きれい事ではすまない事情が、ないわけがない。
だがそれを差し引いても、話している2人を邪魔したくないという気持ちがあるようだ。
そしてそれをボクは嬉しく思う。
周りがそう思っているなら、2人が仲良くすることはそう難しいことでは無いように思えた。
(まあ、本人たちの意思だけではどうにもならない問題だけどね)
ちらりと話し込んでいる2人を見ながら、ボクはバックヤードに向かう。本日のカフェはノリはまんま学祭だ。本職のメイド達を排し、給仕は全部ボクらがやる。ロイドとカールだけではなく、アルバートとルーベルトもネコミミを付けて働いていた。給仕をしているアルバートの姿はなかなか様になっている。
カフェのお客様は皆、給仕に現われるアルバートに戸惑った顔をしていた。ロイエンタール家の跡取り息子が、他人に給仕するなんて状況はちょっと普通ではない。だが断わるのも失礼なので、結果、黙ってお茶のお替わりを貰っていた。
(なんか面白い)
ボクはにやにや笑った後、自分の仕事をすることにする。物陰に身を隠して、ネコに戻った。本日のボクのメイン業務は、ネコカフェのネコとしてお客様を癒やすことだ。近くにいるお客様のところに向かう。
当初、ボクはネコカフェっぽく何匹かネコを用意しようとした。ブリーダーには心当たりがあるので、そう難しくない。ネコがうろうろいる空間を作り出そうと考えた。
だがそこであることに気づく。
この世界のネコは基本、飼い猫でもあまり人慣れしていない。おネコ様が甘やかされまくっていた現代日本とはネコと人の関わり方が大きく違った。多くのネコは人間のことを好きでも嫌いでもない。餌をくれる相手……というくらいの認識しか持っていなかった。愛想を振りまいたりもほとんどしない。
愛想よくしたり、サービスしたりするネコは世界中を探してもボクくらいだ。ボクがやるしかないと、覚悟する。
(正直、とっても面倒くさい)
そう思ったが、ボクは自分の平穏のタメに頑張ることにした。
にゃあにゃあ鳴きながら寄っていくと、たいていの人間はボクを見て目尻を下げる。それは側近達でも例外ではなかった。一番バックヤードの近くにいる若い青年に近づいたら、彼は小さく笑う。
「ネコ?」
どうしてこんなところに?と、一瞬、不思議な顔をした。だが、本日のコンセプトがネコであることをすぐに思い出したらしい。
「ネコカフェってそういうことか」
ネコがいるカフェという意味でもあるのだと納得した。触ろうと手を伸ばしてくる。
たいていの人間は自分が大きいことを理解していないから、上から触ろうとした。
(手は下から差し出してよね)
心の中で突っ込む。上から伸ばされると、触られる方は怖かった。ボクはそれが危害を加えるためでは無いと知っているが、たいていのネコはそれを理解できない。だからシャーッと威嚇したり、引っ掻いたりするのだ。
(怖がらせる人間の方がどう考えても悪いよね)
ネコの立場でなくても、人としてもそう思う。
だが、ボクは怖いと思いながら我慢した。触られるのを待つ。だが、意外なことに手はボクに触れなかった。
(?)
不思議に思って見ると、彼と手錠で繋がれたもう1人が、触れようと伸ばした手を掴んで止めていた。
「上から触ろうとするな。ネコが怯える」
注意する。
「え?」
注意された方はきょとんとした。
「自分より大きな巨人が、上から頭を撫でようと手を伸ばしてきたら、怖いだろう?」
彼は問う。
「ああ、なるほど」
掴んで止められた方も納得した。
彼は掴んでいた手を離す。
ボクはそんな彼にすり寄って、甘えた。ありがとうという感謝を態度で示す。
彼はボクに拳を握って、手のにおいを嗅がせてきた。
(この人、ネコを飼っているのかな?)
適切な対応に、そう思う。
ボクは匂いを嗅いで、ついでに顔を擦りつけた。
「にゃあ」
甘えてあげる。
さっきは止められた彼の方もおずおずとボクに触れてきた。今度はちゃんと下から手を伸ばしてくる。学習している彼にも、ボクは愛想を振りまいた。
2人を笑顔にする。
そんなボクに2人はメロメロで、先ほどまでのどこか気まずい空気は消えていた。
そうやってボクは、一組ずつ気まずい空気を解消していった。我ながら、マメで頑張り屋だと思う。
途中で面倒くさいと投げ出したくなったが、頑張った。自分が三体くらいに分身出来たらいいのにとわりとガチで願う。自分と同じことが出来るネコがあと2匹居たら、楽なのにと思ってしまった。
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