閑話: プライスレス





 お茶会当日、セシルは受付を見て驚いた。


(思っていたのと違う)


 心の中で呟く。

 今日のお茶会、セシルは王子側の窓口だった。ノワールたちの話を聞き、日程の調整や使用する部屋の手配をする。必要なものはほぼセシルが用意した。

 だからどんなお茶会になるのかはだいたい知っているつもりだった。

 しかし、予想とまったくちがう。今日のお茶会はセシルが知っているお茶会とはまるで別物だ。


(最近はこういうのが流行りなのか?)


 セシルは困惑する。


 セシルはごく普通の貴族だ。

 伯爵家に生まれたが三男で、家を継ぐ可能性はない。そもそも実家はぎりぎり伯爵家という感じでさして裕福でもなかった。父は貴族にしては人がよく、他人を蹴落として上にいこうという気持ちを持っていない。セシルはそんな父を見て育ったので、人と争うのが嫌いな性格に育った。騎士ではなく文官を目指す。王宮への就職を希望した。

 希望通り就職が決まったが、何故か王子の側近として抜擢される。

 正直、わけがわからなかった。第一王子の側近なんて、なりたがる人間はいくらでもいるだろう。自分は出世なんて望んでいない。王子の側近なんて、厄介ごとに巻き込まれそうなポジションは遠慮したかった。

 だが配属に文句は言えないし、言ったところで変わらない。セシルは王子の側近の中で一番年下で、使いっ走りのようなポジションにいた。

 面倒な仕事はだいたい廻ってくる。


(文句言われそう)


 セシルは覚悟した。誰かは苦情を言うだろう。

 しかし予想外に誰も騒がなかった。みんな大人しく、受付を済ます。

 王子と王女が文句を言わずにネコミミをつけたせいか、ごねる人はいなかった。

 もっとも、ノワールにキラキラした目でお願いされて、断れる人は少ないだろう。

 ノワールは自分が子供であることも美少年であることも最大限に活用していた。大人達を手玉に取っている。


(まあ、あの顔でにゃあと鳴かれたら何でもいうこと聞いちゃうよな)


 セシルはしみじみと思った。

 色の違う瞳でじっと見られると、心の中を見透かされるようでちょっとそわそわする。

 自分が汚れた大人になった気がした。

 もっとも、シエルは成人してまた数年だ。それほど大人でもない。


 王子と王女が受付を済ませた後は、側近達が受付をした。事前に、王女側、王子側と一人ずつ交互に受付をしてもらうという連絡が来ている。どっちが先に受付するかで揉めることがないよう、決まっていた。

 貴族は何でも順番に拘るので、側近達の受付も偉い順だ。下っ端のセシルは当然、最後になる。

 待たされるのはそれほど苦ではないが、一緒に待っている王女側の側近がちらちらとこっちを見るのが気になった。彼は自分より5~6歳は年上に見える。王女側の側近は王子側の側近に比べて平均して年上だ。彼のような年でも下っ端なのだろうかと不思議に思う。

 だが話しかけるほどの積極性はセシルにはなかった。

 人と争うのは苦手だが、人と仲良くするのも得意なわけではない。

 だから、中に入って2人一組で手錠で繋がれると聞いて、とても困惑した。






 入った順に強制的に組まされるので、セシルが繋がれたのは入る前から自分をちらちら見ていた彼だった。


「……」


 手錠で繋がれた手にセシルは何とも微妙な気分になる。一組に一つずつ小さな丸いローテーブルを宛がわれたが、繋がれているので向かい合って座ることさえ出来ない。親しくもない相手とくっつくように並んで座ることに、セシルは抵抗を覚えた。顔が強張ってしまう。

 王子の側近と王女の側近に仲良くなってもらうのがコンセプトだと聞いているが、この状態で仲良くなるなんて無理だと思った。

 少なくとも、セシルはとても気まずい。


「にゃあ」


 そこにネコの泣き声が響いた。

 小さな白いネコが近づいてくる。


(かっ、可愛い)


 セシルは顔がにやけた。真っ白な子猫はまだとても小さくて、歩く姿にさえきゅんとくる。

 ネコはこちらに近づいてきた。まるでサービスしてくれているように感じる。


 セシルは少し躊躇いながらも、手を伸ばした。触りたいと思う。

 だが、伸ばした手は手錠で繋がれた彼に捕まれてしまった。


「えっ?」


 セシルは戸惑う。


「上から手を伸ばされると怖いから。触りたいなら、下から手を差し出したほうがいい」


 そう注意された。

 セシルはちらりと子猫を見る。子猫は引き気味に固まっていた。

 彼の言い分が本当だとわかる。


「わかりました」


 納得すると、彼は手を離してくれた。

 そっと下から手を差し出すと、自分から擦り寄ってくれる。


(何、コレ。可愛い)


 セシルはほわんとした。実家でも実はネコを飼っているが、実家の子たちは近寄ると逃げていく。いまだ、撫でらせてもらえたことがなかった。

 だが、目の前の白い子はとても愛想がいい。

 左右、色の違う瞳も宝石みたいでキラキラしていた。


(あれ、この目……)


 セシルは見覚えがあると気づく。ノワールと同じ色をしていた。


(まさか……)


 そう思いながら、室内を見回す。ノワールの姿を探した。だが、見当たらない。


(もしかして、この子は……)


 ノワールかもしれないと思った。愛想がいいのも、納得できる。だが、それを確認するのは躊躇われた。

 余計な時に余計なことは言わないと決めている。


(可愛ければ、何でもいいや)


 セシルはそう思う。

 可愛い子猫に存分に遊んでもらうことにした。





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