閑話: サービス業。





 ネコネコカフェはその可愛らしい名称に反して、なんとも気まずい空気に満ちていた。普段、仲の悪い者同士が手錠で繋がれ、強制的に同席させられているのだから無理もない。

 しらけた空気がとても重かった。


 だが、コンセプトそのものは悪くなかった。室内は土足禁止になっており、入り口で靴を脱いでスリッパに履き替える。スリッパは徐々に知名度が上がってきたところなので、可愛らしいネコの顔がついたスリッパは注目を集めた。そわそわとスリッパを気にする人は少なくない。

 室内にはラグが敷いてあり、床に直接座るようになっていた。小さな丸いローテーブルがそこかしこに置いてある。そこに2人一組で着席していた。

 王子と王女の席だけはクッションが敷き詰められてあり、ちょっとした特別感が演出されている。


 こんなお茶会に出るのは誰もが初めてだ。何もかもが変わっていて、周りに気を取られている側近達も多い。お陰で、手錠云々は抵抗が少なかった。あちこちに気を取られている隙に、しれっと手錠を掛けてしまう。当然、後から文句は言われた。だが、それに対応するのはロイドとカールだ。王子と王女の許可が出ていることを盾に、側近達に強く出ることを許さない。

 そもそも、お茶会に自分たちも参加させろとねじ込んできたのは側近達の方だ。その際、お茶会のルールには従ってもらうという言質は取ってある。反論は難しかった。


(ほぼ思いつきっぽいのに、意外と筋が通っていてちゃんとしているんだよな)


 ロイドは心の中で感心する。


 だが無理矢理同席させているので、気まずさは否めなかった。互いに一言も口を利かず、不自然な沈黙が部屋に満ちる。


(さて、この空気をどうするつもりだ?)


 ロイドはノワールがどうするつもりなのか、その姿を探した。見当たらないと思ったら、子猫の姿に戻っている。


「にゃあ、にゃあ」


 それはそれは可愛らしい声で鳴いていた。

 そんな子猫に、顔をしかめていた側近達も頬が緩む。

 ここぞとばかりに子猫はサービスした。普通のネコなら遣わない気をノワールは遣っている。

 膝にすり寄ってすりすりしたり、にゃあにゃあ鳴いて甘えたり、今までむすっとしていた側近達の口元が自然と緩んだ。

 おずおずとノワールに触れようとする者もいる。触れてはいけないとは言われていないのでOKだと思ったのだろう。


 ロイドはちょっとはらはらしながらそれを見守った。

 シャーッと威嚇するのではと心配したが、意外と大人しくしている。


(凄く我慢しているんだろうな)


 どうやら、撫でさせるまでがサービスの一環のようだ。


 ノワールをモフった側近達は総じて、顔が緩んでいる。

 いつの間にか、相手とぼそぼそ言葉を交わしていた。話題は当然ノワールのことだが、雰囲気は悪くない。

 ノワールはテーブル一つ一つを回って、場の空気を和ませていった。


「頑張るな~」


 思わず、心の声が口から出る。


「にゃあ」


 慌てて、付け加えた。ネコ語で喋るルールを思い出す。


「ネコってあんなに辛抱強い生き物だっけ?」


 強く触られた時だけシャーッと怒って、他は我慢しているノワールにロイドは感心した。


「ノワールは特別なので」


 会話が聞こえたらしいアルバートが答える。


「まあ、特別だよな」


 ロイドは頷く。


「生まれて1年も経たずに言葉をペラペラ喋り、意味を理解するネコなんて普通のわけない」


 心の中でずっと燻っている疑問を口にした。


「……」


 それに関しては、アルバートは答えない。

 それが何を意味するのか、ロイドは考えないことにした。


「まあ、ノワールは可愛いから、他はどうでもいいか」


 話題を変える。

 アルバートはちょっとほっとしたように見えた。

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