15-7 お喋りしたい。





 ランドールが編入してきて一週間。意外な事に案外簡単に、周りは王子のいる生活に慣れた。

 食堂での特別扱いや寮に入らずに通うことは陰で物議を醸したが、最終的には他の生徒のためにそうすることが一番であると意見が纏まる。みんなそれなりにランドールを受け入れていた。


 ランドールは午後の授業の後、課外活動が終わると王宮に帰る。課外活動はアルバート達と同じ剣術クラブを選んだ。しかし、課外活動は毎日あるわけではない。ない日は自主練をしたいとランドールは望んだ。自分は他人より遅れを取っているから演習場を使わせて欲しいとカールに頼む。カールは条件付きで許可を出した。その一つは、自主練は自己責任で行うこと。カールは監督しないし、責任も取らない。もう一つは、他に自主練を望む生徒がいれば受け入れること。ちなみに、自主練の時の講師は警護についてきた護衛騎士だ。ランドールには常に2名の護衛騎士がついている。彼らは教室の中には入らず、入り口の外に立ち侵入者が来ないように見張るのが仕事だ。その護衛騎士達が、放課後はランドールの剣の練習相手になる。現役の護衛騎士に訓練をつけてもらえるとあって、自主練の参加人数は思ったより多いようだ。ランドールは根が真面目で、威圧的な態度も取らない。案外、ランドールのポテンシャルは高かった。

 自主練には王子に気に入られているアルバートとルーベルトも強制的に参加することになる。その間、ボクはロイドの所に預けられた。

 理由を説明して頭を下げるアルバートに、ロイドは二つ返事で引き受ける。毎日、ボクを好きなだけ撫で回せるとご機嫌だ。


(撫で回していいとは言っていない)


 心の中でボクは毒づくが、口には出せない。喋れないことになっているので、文句が言えなかった。


(そろそろ、喋れないふりは限界かな?)


 喋らないことで、ストレスが溜まるようになっていた。


「ノワール、待っていたよ」


 そう言って、教官室の入り口でアルバートからボクを受け取るロイドの顔を、ボクは手で押した。


(近いっ!!)


 心の中で毒づく。きゃあにゃあ嫌がって背を反らしても、その嫌がっている姿に嬉しそうな顔をされるのでなんとも始末が悪かった。


(下僕がボクを好きすぎる)


 心の中で苦笑する。


「今日はスコーンとミルクティを用意したよ」


 ロイドはにこにことボクの機嫌を取った。焼きたてのスコーンのいい匂いが漂ってくる。テーブルにいろいろなジャムが用意してあるのが見えた。


(うん。悪くない)


 ボクは大人しくなる。

 現金なボクにアルバートもロイドも苦笑した。


「終わったら直ぐに迎えに来るから、いい子で待っているんだよ」


 そう言うと、ボクの頬にチュッとキスをする。本人はにこにこと手を振って去って行くが、ボクは少しだけ複雑だ。

 ボクに前世の記憶があることを知り、自分の正体を打ち明けてから、アルバートはそのことに触れない。だが、スキンシップはより濃くなった気がした。追求するのは怖いので、そのことについてはスルーを決め込んでいる。アルバートから何か言ってこない限り、その話題については口には出さないと決めていた。




 アルバートとルーベルトを見送った後、ボクとロイドはお茶をした。


「平和だね~」


 のほほんとした顔でそんなことを呟いたロイドに、ボクは眉をしかめる。


「それ、フラグっぽいからヤダ」


 むーっと口を尖らした。


「え? フラグ?」


 ロイドは戸惑う。


「悪いことが起こりそうって意味」


 ボクはだいぶ意訳した。


「へぇ」


 ロイドはいまいち腑に落ちない顔をする。気にせず、ボクは話を続けた。


「ところで、前々から相談している件だけど。そろそろやって欲しい」


 頼む。


「喋れる魔法をみんなの前で掛けてほしいというあれかい?」


 ロイドは確認した。


「うん、それ」


 ボクは頷く。ネコミミがピコピコ動くのが自分でもわかった。期待に満ちた目でロイドを見る。


「うーん」


 だがロイドは珍しく渋い顔をした。


「喋れるようになる魔法なんて、存在しない。存在しない魔法をかけたふりをするのは難しいよ」


 無理だと首を横に振る。


「なるほど」


 ボクは納得した。確かに、しゃべれるようになる魔法はボクも調べたが見つからなかった。それは普通の本には載っていないだけかと思ったが、本当にないらしい。


「だったら、新しい魔法を試すという名目で実験し、途中までは成功したけど失敗したというのはどう? 失敗したから、語尾がにゃあになるとか」


 提案する。


「ううーん」


 自分ではいい案だと思ったが、ロイドの顔は渋いままだ。


「失敗するというのはプライドが……」


 そんなことを言う。天才魔法師としてのプライドがあるようだ。


「それに、生徒を実験に使うことになるのは問題だろう?」


 問われて、それはそうだなと思う。僕は方向転換を迫られた。


「じゃあ、ボクが新しい魔法の研究をしていて、それをロイド先生に試してもらうという形では? 先生はあくまで手伝ってくれただけで、ボクの自己責任で行ったという形式ではどうかな?」


 やることは同じでも、形を変える。


「それならぎりぎり可能かな」


 ロイドは答えた。


「でも、そこまでして喋れることにする必要があるの?」


 不思議そうに問われる。


「いい加減、必要な話は筆談とか面倒くさくなってきた」


 ボクは答えた。


「それに……。何か不測の事態が起こった時に、しゃべれないと困る」


 その言葉に、ロイドはびくりと眉を動かす。


「何か起こるの?」


 問われた。


「わからない」


 ボクは首を横に振る。何か理由があるわけではない。でもなんとなく、喋れた方がいい気がしていた。

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