閑話 溺愛系
授業中は目を爛々と輝かせて魔法の講義を聴いていることが多いノワールだが、元気なのは授業中くらいだ。
好きなことをやっているから、起きている。
だが基本的に、ノワールはよく寝る子だ。寮の部屋ではたいてい、惰眠を貪っている。
好きなことしかやらないあたり、気まぐれな猫みたいだ。
実際、猫なのだから当たり前かもしれない。
だがそんな自分の猫がアルバートは可愛くて仕方ない。
ノワールはアルバートに抱きついたまま寝てしまうことも多い。
普通に歩くだけでかなり体力を消耗する身体だと悟ったノワールは、遠慮なくアルバートに抱っこされることにした。
座っているときも、その流れで抱っこする。
見た目よりずっとノワールの身体は軽いので、抱えていてもアルバートにはたいして負担にはならなかった。
むしろ、自分に甘えてくる温もりがアルバートには愛しい。
手放せないのは自分の方だ。そのことをアルバートは自覚している。
純粋に自分を慕い、愛し、求めてくる存在に心か満たされないわけがない。
ペットを飼う人の気持ちがとても理解できた。
ノワールの本質はネコだ。
ただ可愛いだけで、存在価値がある。
ずっと、アルバートは自分を愛してくれるのはルーベルトだけだと思っていた。
兄はいつも優しく、全てを受け入れてくれる。
自分にルーベルトは必要だし、ルーベルトにとっても自分が必要なのはわかっていた。
自分たちはまるで半身のように、近しい。
だがそれが100%プラスの感情だけかと聞かれたら、たぶん違うだろう。
兄弟だからこその複雑な気持ちがそこにはある。
異母兄弟であることが、互いの生い立ちにいろいろと影響していた。
だがそんなもやっとするものを、2人とも見ないふりして心の奥底に閉じ込めている。
その蓋を開けるつもりは2人ともなかった。一生、それには気づかないふりをし続ける覚悟がある。
自分とルーベルトの関係はどこか歪で、歪んでいることをアルバートは自覚していた。
そこにノワールが登場する。
ノワールには善意しかない。
全身で愛を表現し、全身で愛を求めてきた。
保護されるべき子猫で、神秘的なオッドアイは自分だけに向けられている。
ノワールに頼られることが、自分の存在意義になった。
甘えられると、どこまでも甘やかしたくなる。
自分を無条件に信頼しきったにその顔を見ていると、母性だか父性だが自分でもよくわからない感情がアルバートの中にこみ上げてきた。
ノワールはただただ愛しい。
それが魂の一部が繋がっているからなのかなんなのかはわからないが、ノワールのためになら何でも出来るのは確かだ。
(目に入れても痛くないとか、食べてしまいたいほどかわいいとか、そんな感情を自分が理解出来る日が来るとは思わなかった)
アルバートは苦笑する。
すやすやと自分の腕の中で眠るノワールの寝顔を眺めた。
ソファに座った状態で、アルバートはノワールを抱っこしている。
ノワールは少し前まで、アルバートの胸に凭れかかって、もぞもぞしていた。顔をぐりぐり擦りつけたり、アルバートの胸に顔を埋めて、すんすん匂いを嗅いだりする。
それはノワールが眠いときに見せる仕草だとアルバートは知っていた。
幼い子が眠くてぐずる時のような行動がそれらしい。
よしよしとアルバートはノワールの背中を撫でた。テンポ良くトントンと叩いていると、ノワールの瞼がだんだんと下がってくる。
寝息が聞こえてくるまで、時間は掛らなかった。
アルバートに身を預けて、安心した顔で眠りに落ちる。
「うちの子は天使だと思わないか?」
アルバートは真顔でルーベルトに聞いた。
「天使みたいに愛らしいとは思うが、ノワールはネコだぞ。それは忘れるな」
ルーベルトは心配そうにアルバートを見る。ノワールを溺愛しすぎていて心配になった。こういう所は父親によく似ていると、今さら思う。
自分たちの父親も溺愛系だ。そしてその溺愛はルーベルトの母が亡くなってからはルーベルトの身に注がれている。
アルバートは父と顔立ちは似ているが、性格はわりと違うと思っていた。その事に少し安心していたのに、間違っていたらしい。
アルバートと父は性格の方が良く似ていた。
溺愛の仕方がそっくりだ。愛しいモノはとことん愛する。
(それが女性に向かなかっただけ、ラッキーと思うべきなのかな?)
ルーベルトはちょっと考える。
父の場合はその溺愛がルーベルトの母に向かってしまったので、いろんな人を不幸にした。
アルバートの母もそうだが、ルーベルトの母もいろいろあった。
ルーベルトの母も末端とはいえ、貴族の一員だ。婚約者もいたし、将来の事もいろいろと決まっていた。
それを父がゴリ押しで全て潰す。母の実家も母の婚約者も迷惑を被ったことを大きくなってからルーベルトは知った。
祖父と会う機会があり、ぼやかれる。
母は父と愛し合って幸せであっただろうが、愛人という立場にしなくていい苦労をしたのは事実だ。
決められていた婚約者と結婚していれば、少なくとも貴族の夫人として丁重に扱われたはずだ。
外聞が悪いと実家から縁を切られたり、友達と疎遠になることも無かったのかもしれない。何より、母は自分が愛人である事に後ろめたさを感じていたようだ。アルバートの母に頭を下げて謝っていた姿は何度も見かけた。ルーベルトが見ていないところでは、もっと頭を下げていただろう。
愛というのは諸刃の剣だ。毒にも薬にもなる。
アルバートの愛が特定の女性に向けられた場合、父の時の悲劇がまた繰り返されたことだろう。
ノワールがネコで、オスなのは僥倖だ。
「わかっているよ」
アルバートは頷く。
「ルーベルトがそんなに心配しなくても、しかるべき時が来たら私は結婚するし、子供も作る。それが嫡男である私の義務だからな」
どんなにノワールを愛していても、それとは別に妻を娶って子孫を残さなければならないことはアルバートも納得していた。
「それならいい」
ルーベルトは安心する。
「ノワールに贅沢させるために、ロイエンタール家を繁栄させなきゃいけないからね」
アルバートはにっこり笑った。
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