閑話 土足厳禁




 学園生活が始まって、半年。

 学園には大きな変化が訪れていた--。


 それはずばり、『土足厳禁!!』。


 わかりやすく言うと、ボクが作ったスリッパが、ただいま、学園で大流行している。

 おかげさまで、ボクはちょっとした小金持ちになっていた。


 そもそもの発端は、市井で大流行中だというスリッパにロイドが興味を持ったことだ。(ちなみに市井ではすでにスリッパが大ブームになっているが、基本的に単価が安いので入ってくるマージンはそこまでたいしたものではない)

 自分の教官室で使ってみて、とても気に入ったらしい。

 他の教官にも勧めたそうだ。

 教官達の間で、スリッパがブームになる。

 どうやらみんな、土足であちこち部屋の中を歩き回ることにストレスを感じていたようだ。

 部屋の汚れが気にならない人はいない。


 教官達の間にスリッパが定着すると、それを見た生徒達が寮の部屋で使うようになった。

 ブームはじわじわと寮内に広がる。

 暫くすると、学校全体を土足禁止にしてはどうかという案が教官達の間から出るようになった。


 これにはもちろん、理由がある。


 学園には、日本の学校なら当たり前のある習慣がない。

 それは掃除の時間だ。

 日本の学校は毎日、生徒が自ら学校を掃除して、綺麗にする。

 だが学園にそういう習慣はなかった。

 前世でも、確か掃除の時間があったのは日本の学校だけの気がする。

 一般的には、清掃は業者がするのが普通なのだろう。


 学園も、清掃は業者が入っていた。しかしそれは週一の話だ。

 正確には、清掃業者は毎日来ている。だが掃除する範囲が広いので、一つの場所には週一回しか手が回らなかった。

 それは寮の部屋も同様だ。

 貴族である生徒達は、汚れた部屋で暮らすことになる。

 常には、メイドが毎日掃除をしてくれる清潔な部屋で暮らしていたのだ。そんな生活が耐えられるわけがない。

 しかし、学園にはメイドは連れて来られない規則だ。

 掃除は業者がしてくれるのを待つか、自分でするのかの二択になる。

 そして、自分がするという選択肢を選ぶ貴族は基本的にいなかった。

 汚れても、我慢する。


 週に一度の掃除では、部屋はけっこう汚れた。

 土足で歩き回っているのだから、当然だろう。

 その現状に、みんながストレスを感じていた。


 そこにスリッパが登場した。

 土足で部屋の中を歩き回らないだけで、部屋の汚れがかなり軽減されることを教官達も生徒も知る。

 それならいっそ、建物の中を全て土足禁止にすれば、教室も汚れないのではないかと気付くのは当然だろう。

 土足厳禁案が出て、それはあっさり可決した。


 そして、学校指定のスリッパが作られる。


「どうせなら、可愛く猫耳でもつけたら?」


 ボクは何気なく提案した。

 スリッパの権利を持っているのはボクだと知っているロイドに相談される。

 ちょっとお高いモノを作って、儲けさせて貰おうかなと思った。他との差別化を図るため、思いついたことをそのまま口にする。


「どういう風に?」


 ロイドは興味を持った。


「こんな感じ」


 ボクは猫耳スリッパの絵を描いてみせる。

 美術はそこまで得意ではないが、スリッパの絵くらい描ける。

 顔もついているから、正確には猫顔スリッパと呼ぶのが適切かもしれない。なかなか可愛らしく描けた。


「それ、いいね。可愛い」


 ロイドは喜ぶ。だが、本当にそれが採用されるとは思わなかった。

 学園の校長の顔は一・二度しか見た事がないが、気難しい厳格そうな人だ。

 ネコスリッパなんてファンシーなもの、通すとは思えない。


 だがあっさり。それは通った。

 ネコ猫スリッパ(商品名)は学校指定スリッパとして商品化される。

 それは可愛いと大人気になった。

 教室内だけではなく、寮の部屋用とかに纏めて買ってくれる子が出てくる。中には、実家で使うと大量注文してくれる子までいた。

 普通のスリッパより猫耳部分で手間がかかっているし、アイデア料も上乗せしてちょっとぼったくった値段設定にしたことが申し訳なく思えてくる。


 そのミミ付きスリッパは庶民用にも販売したいと打診された。ネコは学校指定に使ったからネコ以外の動物でシリーズ化してみようということになる。

 犬とか狸とか狐とかリスとかウサギとかで作ってみた。女の子達の間であっという間に流行り、ちょっとお金を持っている商人の娘くらいをターゲットにして値段を設定したので、こちらはボクの懐をだいぶ潤してくれた。


(付加価値って大切)


 ボクはしみじみと思う。

 とにかく安い商品、ちょっと値が張るけど付加価値のついた商品、上流階級のプライドを満足させる高級品。

 この3種類の価格帯は最低限、用意するべきだなと真剣に考えていたら、頬を突かれた。

 つんつんと指で突かれてびっくりする。


「にゃっ?」


 わけがわからなくて横を見た。目をぱちくりさせる。

 隣に座るアルバートがじっとこちらを見ていた。


 ここは教室で、今は授業と従業の間の休み時間だ。

 売り出したばかり新作のスリッパ(新色)を履いている子を見つけて、考えにふけってしまっていたらしい。


「にゃにゃ?」


 いつになく真剣なアルバートの眼差しに、戸惑った。


「金儲けを考えている時の顔をしている」


 アルバートは独り言のように呟く。

 心の中を見透かされて、ぎくっとした。


(変なところで鋭いな)


 心の中で苦笑する。


「にゃー、にゃー」


 一応、否定しておいた。首を横に振る。

 アルバートはボクが商売熱心なことに何故かいい顔をしない。


「あんまり儲けないで。一人で生きていけると、ノワールが出て行ってしまいそうで不安だよ」


 アルバートは情けない声を出した。


(何、それ。可愛いっ)


 ちょっときゅんとする。


「にゃ~(大好き~)」


 一声鳴いて、ボクはアルバートに抱きついた。すりすりと甘えると、アルバートにぎゅっと抱きしめられる。


「はいはい、そこまで」


 授業が始まると、ルーベルトに止められた。


 

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