閑話: 大義名分の裏(中)
ロイドはラルフの名前を出す。
「どんな子だい?」
尋ねた。もちろん、自分の授業ではラルフを受け持った事がある。だが、恐らく自分の魔力にコンプレックスを抱いているであろうラルフは魔法の授業は熱心な生徒ではなかった。大人しく、その他大勢に紛れている。あまり印象に残っていなかった。
「ラルフか? 熱心な生徒だな。筋もいいし、努力もしている。将来、剣の道で生きていくつもりらしくて、研鑽に余念が無い。私は気に入っているよ」
教官として、特定の生徒に肩入れするのは不味い。だから最後の一言は余計だ。しかし相手がロイドなので構わないとカールは思っている。自分以上に、ロイドは生徒をランク付けをしていた。気に入ってる子とそうではない子が如実にいる。もちろん、それを態度に出すことはなかった。だが心の中には贔屓がいて、その贔屓しか自分のクラブには入れない。それも向こうからロイドの魔法研究クラブに入りたいと懇願してはじめて、門戸を開いた。
この学園を所有しているロイドにとって、自分が顧問を務めるクラブに生徒がいないことくらい何の問題にもならない。対外的に不味ければ、名前だけ借りるという手もあった。だが、実際にはそんな必要はない。
ロイドの魔法研究は有名で、毎年、ある程度の生徒が入部を希望した。見学会さえ、開かないのに。
今年はノワールを入れるのでもう誰もいらないが、もう一人くらいなら受け入れようかとは思っている。
「ラルフがどうかしたのか?」
カールは問うた。何もなく、ロイドが生徒の事を聞くはずがない。何かあることは確信していた。
「今年の新入生、アルバート・ロイエンタールがお前の所の見学会に顔を出しただろう?」
質問に、カールは『ああ』と頷く。なんとなく察しがついた。
二人の間に流れる空気が微妙だったことにはカールも気づいている。しがらみがあるのだろうと思った。
「同じ四大公爵家の者として、いろいろあるんだろう」
困った顔をする。野性的な勘が働くカールは人の機微にも意外と聡い。
感情が相手に突き刺さっていくのが見えるような気がした。
もちろん、それはそんな気がするだけで実際に見える訳ではない。それでも、誰が誰にどんな感情を抱いているのかは結構な確率で当てられた。
「ラルフはアルバートが気になって仕方ないが、アルバートの方は出来れば関わりたくないと思っているようだった」
そんなことを言う。ほぼ当たっていた。
「たぶん当たっているな」
ロイドは苦く笑う。見ていないようで、生徒をよく見ていることに感心する。カールが生徒に人気が高い理由はこういう所にもあるのかもしれない。
「それがどうかしたのか?」
カールは聞いた。二人の関係が微妙な事に気づいたが、それについて余計な世話をやくつもりはない。なんとかして欲しいと本人に頼まれれば動くが、そうでない場合は基本的に生徒間の問題にカールは口を出さないと決めていた。そういうのは本人にその気が無ければどうにもならない。冷たいようだが、世の中はそんなに優しくなかった。黙っていて誰かがなんとかしてくれるほど甘くはない。
「お前が余計な世話を焼くのを嫌っているのは十分知っているが、今回は焼いてくれ」
ロイドは言った。
「どうしてだ?」
カールは理由を聞く。
ロイドが何もなく、そんなことを頼むはずがない。ただの善意だとは思えなかった。
「アルバートが獣人を従者として連れているのは知っているだろう?」
ロイドは尋ねる。
「ああ。有名だからな」
カールは頷いた。唐突に話が変わって、戸惑う。
獣人は大変珍しかった。数がかなり少ない。学園に連れてくる生徒は滅多にいなかった。そのため、教官達の間でもアルバートが獣人を連れて入学することは噂になっていた。みんな興味津々で、やってくるのを心待ちにする。そんないろんな期待が高まる中、現われたのは小さな男の子だ。人形のように愛らしく、にゃあと鳴く。猫の獣人らしい。だが今、教官達の間で有名になっているのは容姿が理由ではなかった。ノワールはとても賢く、大きな魔力を持っている。それは教官達の好奇心を大いに刺激した。
最初にそれに気づいたのはロイドだ。以来、ノワールはロイドのお気に入りになっている。他の教官たちはロイドの魔法に関する情熱を知っているので、面倒な事には関わらないとばかりにノワールに近づくことを自重していた。
「そのノワールが、アルバートとラルフのことを心配している。だから、なんとかしてくれ」
ロイドはこともなげに言う。上から命じた。
「……」
カールは眉をしかめる。承諾はしない。
「何故、私がまだ会ったこともない獣人のために動かなければならないんだ?」
首を傾げた。せめて、ノワール本人に頼まれたなら考える。だが、ノワールの希望をロイドの口から伝えられることも意味不明だ。
「それは私がノワールの下僕で、その私の下僕がお前だからだな」
突っ込みどころ満載の台詞にカールは頭を抱えたくなった。
「待て、待て」
一旦、話を止める。
「どこから突っ込めばいいのかわからないが、とりあえず確認させろ。いつ、私がお前の下僕になったんだ?」
真顔で聞いた。
「ほとんど下僕のようなものだろ。私のために伯爵家を継ぐのを止め、剣の腕を磨き剣聖と呼ばれるまでになるなんて。それを下僕と呼ばずになんて呼べばいいんだ?」
ロイドも真顔で聞き返す。
「いや、下僕は違うだろう。友人でも、家族でも、恋人でも、何でもいいけど。下僕は違う」
カールは首を横に振った。とても不満な顔をする。
「小さい男だな。呼び方なんてどうでもいいだろ。私のために何でもやることに変わりはないじゃないか」
呆れたようにため息を吐かれるが、ため息を吐きたいのはこっちの方だとカールは思った。
「そもそも、お前がノワールの下僕というのはどういうことなんだ?」
気になっていることを追求する。
「言葉のままだな。ノワールがあまりに可愛いので、下僕として尽くす事にしたんだよ」
とても楽しげにロイドは言った。
「……」
カールはなんとも微妙な顔をする。
「まさかとは思うが、そういう趣味なのか?」
真剣に心配した。ちらりとカノンを見る。今のカノンは半ズボンを穿いてベストを着た男の子だ。
「どういう趣味だと思われているのか聞くのが怖いな。でも違うよ」
ロイドは否定する。
「私は純粋に可愛いものを愛でるのが好きなだけなんだ」
うっとりと答えた。その様子は言葉に全く説得力がない。
「変態だな」
カールは呆れる。
「褒め言葉か?」
ロイドは笑った。
「とにかく、そういうことだからなんとかしろ」
無茶を言う。
カールは困った顔で肩を竦めた。
「はいはい」
それでも、引き受ける。
我ながらロイドに甘いと思った。
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