閑話: 大義名分の裏(前)
ノワールからアルバートのことを頼まれた後、ロイドはカールを呼び出すことにした。
学園には通称大教官室と呼ばれる全ての教官の机がある部屋とそれぞれ個別の教官室がある。
剣術の講師であるカールは個別の教官室を持っていなかった。必要がないと本人が断わる。カールには机の上でする事務仕事なんてほとんどない。そんなのは大教官室の机でやれば十分だ。その代わり、体育倉庫みたいな剣や武具を置いておく部屋を貰う。自分の武具だけでなく、生徒の武具もそこに置くことを許可した。
プライドなんて飯の種にもなりはしないもののために、わざわざ個室を貰うなんて必要無いというのはなんともカールらしい判断だ。体裁より、実を取る。
なので、授業や課外活動以外の時間はその大教官室にカールはいる。
そこの机にロイドは手紙を送った。カノンに届けさせる。
手紙を受け取ったカールは中を読み、ロイドの教官室に向かった。
途中、生徒達と何人もすれ違った。
彼らは皆、カールに挨拶する。
カールは若くて精悍で、さばさばした性格だ。当然、生徒の人気は高い。教官の中で人気投票をしたら、たぶん1位を取るだろう。
ロイドの教官室のドアは閉まっていた。
個別の教官室をどのように使うかは教官本人に委ねられている。鍵を掛けて勝手に入れないようにしている教官もいれば、自分の在室中は誰でも入れるように鍵はかけない教官もいる。
ロイドは前者だ。基本的に、在室中も許可していない人間は部屋に入れない。
カールはロイドの教官室のドアに軽く触れた。ドアは一瞬、赤く光る。カールの魔力がドアに流れた。カールの属性は火だ。その魔力の色は赤い。
登録されているカールの魔力を感知し、ドアは開いた。カールは自由に入室を許可されている数少ない相手だ。
シュッ。
短い音を立て、ドアは横に動く。
何度見ても、カールは慣れなかった。こんな横開きのドアを採用しているのはロイドだけだ。学園以外の他の場所でも見たことがない。元々は普通の扉がついていたのだが、勝手に改造した。
普通はその時点で学園長あたりからお小言が飛んでくるが、ロイドの場合はそれがない。彼はこの学園において、何をしても許される存在だ。
肩書きは教官だが、実際にはそうではない。この学園そのものが今は彼の所有物になっている。もちろん、もとからそうだったわけではない。学園は数百年続く歴史と伝統がある学び舎だ。ずっと国が運営してきた。今でも、運営しているのが国であることは変わりない。だが、学園の所有権はロイドにあった。とある出来事の報償として、ロイドはこの学園を望む。それに相応しいどころか、それ以上の働きをしたロイドに国王はその望みを退ける事ができなかった。ロイドが学園の運営はそのままで、所有権だけを自分に移すように主張したので案外、すんなりと通る。実質、国の懐は痛まなかった。ロイドは学園を所有していても建物の使用料などを寄越せとは言わない。彼が欲しかったのは、自分が何をしても許される箱庭だ。学園内においては彼の意思は何より優先される。部屋の改造なんて許可を取る必要もなかった。
だが、それを知っているのはほんの一部だ。今は学園長とロイドの幼馴染であるカールくらいだろう。ほとんどの教官や事務員、もちろん生徒もそんな事情は知らなかった。
知らせる必要がないとロイドは考えている。
学園を所有しているのが誰であっても、運営を国がしているのは今までと変わりが無いのだから。
「呼び出しなんて、珍しいな」
カールは笑いながら、ロイドに声をかけた。
ロイドはデスクの椅子に座り、なにやら難しい顔をしている。
「ああ、来たのか」
呼び出したくせに、どうでもいいようにちらりとカールを見た。
「呼び出したくせに、その態度かよ」
カールは渋い顔をする。
「いつもは呼び出さなくても勝手に来るくせに、用があるときだけ来ないお前が悪い」
ロイドは口を尖らした。
自分の教官室を持たないカールは、人がいない場所で休みたいときには勝手にロイドの教官室を利用している。
ソファに横になって寝ているなんて、しょっちゅうだ。ロイドの部屋のソファはかにり寝心地がいい。
それがあまりに頻繁なので、自分の部屋を貰えと文句を言ったこともあった。だが、カールは全く気にしない。一人だと寂しいだろうと笑った。ロイドがいるから、この部屋がいいらしい。
そう言われると、ロイドも強く言えなくなる。
カールの人生に対して、ロイドは少なからず責任を感じていた。伯爵家を継ぐはずだったカールの人生を狂わせたのは自分だという自覚がある。
ロイドとカールは幼馴染だ。年が同じで、実家の領地は隣り合っていた。そのため、小さな頃から親交がある。
だが、二人の立場はだいぶ違った。
ロイドは貧乏男爵家の三男で、家ではほとんど厄介者扱いされていた。男爵家には、余分な食い扶持なんて無かった。長男も次男もすくすくと元気に育ったので、3人目は早々に必要無いとされる。上の二人とは年も離れていた。ロイドが物心つく頃には父の後を継ぐ長男が結婚する。子供が生れるのも時間の問題だった。そうなると、ロイドは扱いはますます酷いものになるだろう。本人もそれを理解していた。
その扱いを見かねて、手を差し伸べたのがカールの父だ。
カールの家は伯爵家で、それなりに裕福だ。カールは長男で、下に弟が生れたが跡継ぎはカールに決まっていた。その息子に遊び相手が必要だからと、ロイドを引き取ることを提案する。それが口実で、実際にはロイドを助けるためであることをロイドの父は理解していた。その上で、その提案に乗る。ロイドの実家にはこれ以上ロイドを養っていく余裕がなかった。そして、いつも冷遇される息子を父は父なりに不憫に思ってもいた。
こうしてロイドはカールの家でカールの友達として暮らすようになる。
何もなく月日が過ぎればそれはそれで幸せだったのだが、ある日、ロイドは魔力を開花させた。
魔力というのは持っているだけでは何の意味もない。
扱いを学び、使いこなせて初めて価値が出る。
ロイドにそれなりの魔力があることはカールの父も気づいていたが、その力が四大公爵家と比べても強大だということにはロイドが魔法を使いこなせるようになるまで知らなかった。
ロイドの魔力が強力すぎることに、カールの父は危機感を抱く。
この魔力が知れれば、ロイドの実家はロイドを取り戻そうとするだろう。魔力の強い人間がいれば、家は豊かになる。だが、ロイドの魔力は男爵家レベルが所有していい範囲を超えていた。過ぎた力は災いを呼ぶ。
悩んだ末、カールの父は国王に相談した。
実はカールの母親は国王とは従姉妹の関係にある。その上、母が国王の乳母だったので、乳兄弟でもあった。国王とは実の兄妹のように仲が良い。だからこそ彼女を妻にと望む有力貴族は多かった。しかし彼女はカールの父と恋に落ち、身分が違うという周囲の反対を押し切って伯爵家に嫁ぐ。家族との縁はその時にほとんど切られたが、何故か国王とだけは個人的に彼女は繋がっていた。
カールの母を通して、ロイドの事は国王の耳に届く。
事実を知った国王の判断は速かった。国王はロイドを自分が囲い込む事にする。王都に呼んだ。その時、ロイドを呼び寄せる大義名分としてカールも共に王都に呼ばれる。表立っては、従姉妹の嫡男であるカールを教育するため、その側近であるロイドも共に王都に呼び寄せたという事になっていた。
そしてそれがカールの人生を変える。
ロイドが強大な魔力を持つ故、今後、様々な危険に見舞われることが予想されることを知ったカールは、ロイドを守るために剣の道に進んだ。そしてとうとう、剣聖なんて呼ばれるところまで上り詰める。
実家の伯爵家は弟に譲り、自分はロイドの側でロイドを守ることにした。
そんなカールに対して、ロイドは後ろめたさを持っている。感謝もしているが、比率的には後ろめたい気持ちの方が大きい。
だがそれを素直に口には出せなかった。親しいからこそ、気恥ずかしい。
カールはいつものようにソファに座った。
ロイドの指示で、カノンがお茶を出す。
カールはそれを一口飲んだ。
「それで、呼び出すほどの用事ってなんなんだ?」
ロイドに聞く。
「ああ、実は……」
カールの向かい側の椅子に移動しながら、ロイドは口を開いた。
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