閑話: 大義名分の裏(後)
引き受けた後、カールは具体的にどうするか考えた。人の機微には聡い。だが、基本的にカールは脳も筋肉タイプだ。策略を巡らすのには全く向かない。
「なんとかしてくれと言うけれど、具体的にどうすればいいんだ?」
ロイドに聞いた。
そういうのが得意な人間に丸投げする。
仲良くしろとカールから言うのは容易い。ラルフは爵位を継がず剣の道を選んだカールを尊敬しているので、たぶん、自分が言えばいうことを聞くのはわかっている。だが、それでは何の意味も無い。上辺だけの話だ。根本的な問題解決にはならない。そもそも、誰かに言われてそうできるくらいなら最初から仲良くやれるだろう。
こういうのは下手に周りが口を出すとややこしいことになる。慎重に対応するべきだ。
「ラルフの方は仲良くしたい気持ちがあるんじゃないか?」
ロイドは言う。
あの時、声を掛ける少し前からロイドは様子を見ていた。ラルフは突っかかっているというより、構いたがっているように感じた。本当は仲良くしたいのかもしれない。だが、それは簡単な事ではない。
「それはあるかもしれないな」
カールは頷いた。
「ラルフは三男で家を継ぐ予定はない。将来は騎士として剣の道で生きていきたいと考えているんだ。今後のことを考えれば、四大公爵家とは仲良くしておきたいだろう」
とても打算的な事を言う。
こういうところがさばさばしていてもカールは貴族だ。それをロイドは面白く思う。
だがそれもないとは言えなかった。だがたぶん、ラルフが気になっているのはもっと別のことだろう。
「あと、ノワールに興味を持っていた」
付け加えた。ぴくぴく動くノワールの耳をとても興味深そうに見ていたのを覚えている。撫でたそうだった。
(私より先にそんなことをさせるつもりはありませんけど)
心の中で呟く。大人げないことはわかっているので、口に出すのは自重した。
「獣人にか?」
呟いて、カールはちょっと考える顔をする。心当たりがあった。
「そういえば、以前、ケガをした猫を保護していたのを見かけた。動物が好きなのかもしれないな」
思い出す。
「へぇ。いい子だな」
ロイドは呟いた。貴族はたいていプライドが高い。他者を見下す態度を取る者も少なくなかった。ラルフの態度もどこか横柄で偉そうだ。だが、彼が四大公爵家の人間であることを考えればそれも納得出来る。他者に見くびられるわけにはいかないのだ。そういう意味では、わりとフラットなアルバートやルーベルトの態度の方が珍しい。もっとも二人のそれは余裕なのだと思う。嫡男と庶子が仲がいいというのも異例だ。ロイエンタール家の子育ては今のところ成功しているといえるだろう。
「ああ。立場は微妙だが、家族仲は良くて愛されて育った子供だからな。基本的には優しいんだよ。ただ、それを表現するのが下手なのだと思う」
カールは複雑な顔をする。
「そうか。だが、家族仲が良くてなによりだな」
ロイドは独り言のように呟いた。
そんなロイドをカールは何か言いたげな顔で見る。
「なんだ?」
ロイドは苦笑した。言いたいことはだいたいわかる。だが、あえて聞いた。抱え込まれるとそれはそれで面倒くさい。
「お前が世話を焼くのは、ラルフのためでもあるのか?」
予想通りの質問がカールの口から出る。
自分と同じ三男として、気になるのかと聞きたいようだ。
「そんなことを気にしていたら、きりがない。貴族は基本、子だくさんなんだから。跡を継げない息子をスペアとして沢山用意しているのは普通のことだろう?」
ロイドは渋い顔をする。
貴族にとって、もっとも大事なのは子孫を残すことだ。そのため、必要以上に子供を作る。生れた子供が全員無事に成人できるとは限らないからだ。そして必要のない子供は切り捨てていく。それは珍しい話ではなかった。
「ただ、この学園に来た生徒には幸せになってもらいたいと思っている。私も一応、教官だからな」
そう言うと、カールは何故か嬉しそうな顔をする。
「お前はそういう熱血タイプではないだろう? だが、そうだな。教官として生徒達のことを考えるのはいいことだ」
一人でうんうん頷いて、納得していた。
ロイド的にはなんともうざい。華麗にカールを無視することにした。
「動物が好きなら、週末、猫の姿のノワールを見せてやるのもいいかもしれないな。いつもは素直になれない人間も、可愛い動物の前では素直になれるだろう」
そこまでお膳立てして無理なら、放置しようと思いながら口にする。
「大義名分も出来て、ちょうどいい」
にやりと笑った。
「大義名分って何だ?」
カールは首を傾げる。
「週末、アルバートの部屋に猫の姿になっているノワールを見に行くことになっている」
ロイドは答えた。
獣人は常には人に近しい姿で生活する。その方がいろいろ便利だからだ。だが、獣の姿になることももちろん出来る。本当はだだの猫であるノワールも当然、普通の猫に戻れた。ただし、猫に戻るのは寮の部屋の中限定と決めているらしい。その後、人の形に変化する時に不都合が発生するからだとルーベルトに聞いた。だから、猫の姿を見たければ寮の部屋を尋ねるしかない。
カールに問われて、ロイドは理由を説明した。
「特定の生徒と親しくするのは不味いだろう? 教官室に呼ぶくらいなら問題ないが、寮の部屋まで行くのはどうなんだ?」
当然のことをカールは言う。
生徒の部屋を訪ねることは禁止されていないが、それはそんなことをする教官がいないからだ。寮内は基本、教官は立ち入らない。
「そうだな。だから、ラルフも連れて行く」
ロイドはにっこり笑った。
「一度、ちゃんと話し合う場を設けた方がいいだろう? 余計な人のいない場所で」
もっともそうに聞こえるが、もちろん、それが寮の部屋である必要は全くない。
「大義名分というのはそういうことか」
カールは納得する。
「ラルフを利用するつもりだな」
眉をしかめた。
「言葉のチョイスに悪意があるな。私はただ、生徒のことを考えるいい教官を演じるだけだよ」
ロイドは答える。
「演技なのかよ」
カールは突っ込んだ。
「まあ、ラルフが嫌だと言うなら無理強いはしないが。一度、話してみてくれないか?」
カールに頼む。
「どうして私が?」
カールは不満な顔をした。
「剣術クラブの問題は、顧問のお前が解決するべきものだろう? 当日、私は駄々の付き添いだ」
にこやかにロイドは微笑む。
「私も巻き込むつもりか」
カールは苦笑する。
「下僕だからな」
ロイドは笑った。
そして当日、白い愛らしい子猫の姿にロイドはメロメロになった。
子猫はとても小さく、か弱く見える。生後三・四ヶ月と聞いたが、猫の成長に
詳しくないロイドから見ても小さい気がした。生後二ヶ月目で契約したというので、もしかしたらそこからほとんど成長していないのかもしれない。使い魔は契約した後も普通に成長するはずなので、ノワールが特別なのかもしれない。ほとんど人の姿で暮らしているのが理由かもしれないとも思ったが、確証がないので口にはしなかった。アルバートやルーベルトはノワールの成長が遅いことを特には気にしていないようだ。本人たちが気にならないなら、不安にさせる必要はない。
それに、子猫の方がやはり可愛い。少しでも長く可愛い姿を堪能できるなら、それはそれでいいのではないと思った。
ノワールは突然やってきたロイド達をじっと観察する。人の姿の時より、オッドアイが目立った。全身が真っ白で、そこだけ色を持っているからかもしれない。そんな姿も愛らしかった。
そしてそう思ったのはロイドだけではないらしい。まるで借りてきた猫のように小さくなっていたラルフも白い子猫にメロメロだった。
そんなラルフをノワールはたらしに行く。膝に乗り、撫でろと催促した。ラルフは怖々とノワールを撫でる。強張っていた顔は緩み、素の子供っぽいところが見えた。
そして、ラルフは素直に謝罪する。
アルバートはそんなラルフに驚いていた。困惑していたという方が正しいかもしれない。対応に困る。
それをノワールの一声が解決した。
にゃあにゃあ鳴くノワールは許せとアルバートに言っているように聞こえる。ラルフは敵ではないとノワールは判断していた。
それを見て、アルバートもラルフを受け入れる事にする。
ノワールはそこにいるだけで、みんなの心を掴み、穏やかな気分にさせた。
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