8-5 可能性。
課外活動の時間は何事もなかったように過ぎていった。
クリスもエリザベートもカインズも、自分の研究に勤しんでいる。
閃光を感じ取ったカインズはきょろりと一回辺りを見回した後、気のせいだったというように自分の研究に戻った。異変があったことには気付いていない。
(何か仕掛けておきながら、それが不発に終わったのに平然といつも通り振る舞えるその神経が怖い)
ボクは先輩達をちらちら見るのを止められなかった。どうしても気になってしまう。いつも通りでなんていられなかった。
こういう時、自分は小心者だとしみじみ思う。だがたぶん、警戒心を持つのは悪いことではない。
そんなボクの頭をロイドはよしよしと撫でた。ロイドなりに慰めているのだとわかる。ボクは素直に撫でられておいた。
結局、その後は何もなく課外活動の時間は終わる。
終了を告げる鐘の音が学園内に響いた。
「時間だよ」
研究に夢中の生徒達にロイドは声をかける。終わりを知らせた。
先輩達は片付けをして、ばらばらに教官室を出て行く。居残りは出来なかった。ここはロイドの教官室で、クラブはその場所を借りているに過ぎない。時間がくれば途中でも帰らなければならなかった。
同じクラブに所属しているからって、先輩達は仲がいい訳ではない。良くも悪くもこのクラブは個人主義だ。みんな自分の研究にしか興味がない。研究者というのはそういう人種なのかもしれない。本人たちはそのことを特に気にもしていなかった。
「それじゃあ、先生。また」
一応、ロイドには一声掛けていく。
「ああ」
ロイドは返事をした。3人を見送る。
アルバートの迎え待ちのボクが残るのはいつものことだ。教官室にいるのはボクとロイドの二人だけになる。
ようやく、しゃべることが出来るようになった。
「何が起ったの?」
ボクは静かに尋ねる。
「何かが爆発しようとした」
ロイドは答えた。
「それは、命の危険があるレベル?」
ボクは確認する。見た感じ、爆発はそれほどのものではなかった。だがそれはロイドが魔法で押さえられたからかもしれない。
「どうだろうな……」
ロイドは首を傾げた。
「死人が出るほどの威力があったとは感じなかったけど、少なくとも怪我はしただろう」
真面目な顔で答える。
「……」
ボクは渋い顔をした。
「何のタメにそんなことを?」
ロイドに問う。
「さあ? そもそも、誰を狙ったのか」
ロイドは考え込んだ。
「え? ロイドじゃないの?」
ボクは驚く。この部屋で爆発を起こすというのはそういう事だと思っていた。
「そうとも限らないだろう?」
ロイドは意味深にボクを見る。
「狙われたのは、ボクだと言いたいの?」
ボクは眉をしかめた。
「狙われる心当たりが私にはないよ」
肯定も否定もせず、ロイドはそう言う。
「ボクだって……」
反論しようとして、ボクは黙った。獣人は十分に狙われる対象であることを思い出す。
「ボクなんて、無害なただの猫なのに」
うるうるっとした目でロイドを見上げて、ぼやいた。
「周りはそう思ってはいない」
ロイドは言い切る。
「……」
「……」
気まずい沈黙が二人の間に流れた。
「まあ、狙われたのは他の生徒だという可能性もある。あの場合、爆発していたらこの部屋にいた全員が何らかの被害を受けていた」
ボクはその言葉に、嫌なものを感じる。
「それって、犯人が先輩達の誰かなら、自爆テロということ?」
嫌悪を示した。自分の命を軽く扱うその行為がボクはとても嫌いだ。
「自爆するようなタイプの子はいないけどね」
ロイドは首を横に振る。それはそうでないといいという願いが込められている言葉に聞こえた。
「自爆テロだなんて、ますますわからない。何がしたいの?」
ボクはちょっと苛ついた。
「それは犯人に聞かないとわからないな。まあ他には、時限式の魔法陣を誰かが仕掛けられたという可能性もある」
ボクを宥めるように、ロイドはもう一つの可能性を口にする。その場合は先輩達も被害者だ。
「可能性がたくさんありすぎて、絞れない」
ボクは困る。
「そうだな」
ロイドは同意した。
「この部屋の中では攻撃魔法は発動できないから、そういう意味では安全だけど」
独り言のように呟いたロイドに、あの時、何が起ったのかボクは説明を求める。
「この部屋は攻撃魔法を感知すると、オートでセキュリティが発動するようになっているんだ。だから、室内では攻撃魔法は使えない。発動した瞬間、その魔法は閉じ込められ、消滅する」
あの透明な球体は魔法を閉じ込める空間らしい。
「じゃあ、安全だね」
ボクはほっとした。ロイドの魔法は当てになる。
「そうとも言い切れないけどね」
ロイドは首を横に振る。
「魔法で攻撃できないのは、相手だけではない。こちらも同じだ。全ての攻撃魔法にセキュリティは反応する。敵とか味方とか、判別出来ないんだよ」
システムの欠陥を説明した。だがそれは当然の事に思える。
「瞬時に敵味方の判別をする余裕なんてあるわけないんじゃない?」
ボクは納得した。
「それで、今後はどうする?」
ロイドはボクに聞く。
「今後って?」
ボクは首を傾げた。質問の意図がわからない。
「今日のこと、アルバートが知ってタダですむとは思えない」
ロイドは困った顔をした。
「あー……」
ボクも困る。大事になりそうだ。
「黙っているわけには……、いかないよね?」
控え目にボクは聞いた。
「無理だろうな」
ロイドは首を横に振る。
「もし、狙いがノワールだった場合。普段も注意する必要がある。黙っているわけにはいかないだろう」
面倒な事になりそうな予感が満々で、ロイドは苦笑した。
「あー……」
ボクの気は重くなる。
「全てが可能性で、確かなことなんて一つもないのにね」
ため息を吐いた。
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