8-6 報告。




 剣術クラブを終えて、アルバートとルーベルトが迎えに来た。


「お待たせ、ノワール。迎えに来たよ。いい子にしていたかい?」


 ウキウキとアルバートはボクをロイドの腕の中から奪い取る。抱っこして、チュッチュッと頬にキスしてきた。

 まるで、数年ぶりの再会のような勢いがある。ちょっと暑苦しかった。

 ボクの前世は人間だが、アルバートの前世は犬に違いない。耳とぶんぶん振っているシッポが見えるようだ。

 しつこいアルバートの顔をボクは手で押し退ける。もうキスは嫌だと、拒否した。

 アルバートは大人しく止める。

 代わりに、ぎゅうぎゅう抱きしめられた。


「楽しそうなところ悪いんだが、ちょっと話がある」


 ロイドは切り出した。

 2人にソファを勧める。

 アルバートはボクを抱っこしたまま座った。隣にルーベルトが腰を下ろす。

 ロイドは2人に向かい合った。


「実は今日……」


 ロイドは爆発未遂の話をする。

 ロイドの話を聞いて、アルバートは青ざめた。


「それはつまり、ノワールが狙われているということですか?」


 真顔で確認する。


「今の時点では、その可能性が高い」


 ロイドは頷いた。


「根拠はなんでしょう?」


 アルバートは冷静に尋ねる。

 もっと動揺して大騒ぎすると思ったので、冷静な対応にボクはちょっと驚いた。

 それはロイドも同じらしい。


「落ち着いているんだな。もっと、慌てると思っていたよ」


 ロイドは正直な気持ちを口にした。


「ノワールの存在は特異です。いつか、何かあることは覚悟していました」


 アルバートは答える。


「それでも、守ります」


 ボクの身体を包み込むように抱きしめた。

 愛を感じる。守られていると思った。

 ボクはアルバートの胸に頭を寄せる。甘えて、すりすりした。

 そんなボクの髪をアルバートの手が優しく撫でてくれる。


(大好き~!!)


 心の中が愛で溢れた。アルバートの首に手を掛けて、ぎゅっと抱きつく。アルバートの体温を感じるととても安心した。


「よしよし大丈夫だよ」


 アルバートの手は優しく背中を擦ってくれる。


「にゃあにゃあ」


 ボクは鳴いた。すりすりと甘える。ツンデレ猫ちゃんのボクにはデレもある。いま、そのデレがどどっと押し寄せていた。


「いちゃいちゃしすぎじゃない?」


 ロイドの呆れた声が聞こえる。

 ボクはちらりとロイドを振り返った。にやりと笑う。文句を無視して、アルバートにじゃれついた。満足するまで、アルバートはボクをあやしてくれる。


「そろそろいい?」


 じゃれ待ちしていたロイドがため息交じりに聞いた。


「にゃあ」


 いいよという代わりに、ボクは鳴く。アルバートにの膝の上に座り直して、ロイドを見た。


「それで、狙いがノワールだという根拠は何ですか?」


 ルーベルトが聞く。気になっていたようだ。


「このタイミングで、私を狙う理由がない」


 ロイドは答える。


「それに、私を狙うならこの部屋でなくてもいいだろう? わざわざここで狙った事に意味がないとは思えない」


 その言葉に、ボクもアルバート達も首を傾げた。


「どういう意味ですか?」


 アルバートが聞く。


「この部屋のセキュリティシステムは完璧だ。それを相手は確認したかったのかもしれない。それと、どこでも狙えるというアピールだった可能性もある」


 ロイドは答えた。


「何のためにそんなことを?」


 ボクは不思議がる。


「脅しだろうな。それに、相手にはノワールを傷つけるつもりはないのかもしれない」


 ロイドはなんとも渋い顔をした。


「無傷で、自分のものにしたいと考えている可能性がある」


 眉をしかめる。嫌悪を顕わにした。


「あー……」


 ボクは納得する。

 獣人をモノとして扱う人は一定数存在した。モノに意思があるなんて、彼らは考えない。

 自分のものにしたければ、ただ奪った。

 従者契約は獣人側からも解除が可能だ。使い魔のボクにはそれは出来ないが、相手はボクを獣人だと思っている。奪い取ればなんとかなると考えていても可笑しくない。


「もっとも、狙ったのがその辺りの人間とは限らないけどね」


 ロイドはため息を吐いた。

 均衡が崩れるのを厭う連中もいる。その連中が相手だととても厄介だ。可能性でも口に出したくない。言葉として口から出したら、それが現実になる気がした。


「さて、どうしよう?」


 ロイドはアルバートとルーベルトを見る。

 アルバートはちらりとルーベルトを見た。それだけで、2人は意思の疎通が出来る。


「暫く、ノワールに課外活動は休ませようと思います」


 答えた。


(え~っ)


 不満の声は心の中でだけ上げる。

 過保護なアルバートがボクを側から離さないことを予想するのは容易かった。覚悟はしている。ぬいぐるみが少し動くようになってきた所で研究を中断するのは残念だが、みんなの迷惑になりたくはなかった。


「いや、逆じゃないか?」


 ロイドは首を横に振る。


「攻撃魔法が効かないこの部屋の方が安全だろう」


 一理あることを言った。


「……」


 アルバートはルーベルトを見る。決めかねる顔をした。


「先生が絶対に守ってくれますか?」


 ルーベルトはロイドに聞く。


「もちろん」


 ロイドは頷いた。


「それなら、私達が連れて歩くより安全かもしれない」


 ルーベルトはアルバートを説得する。


「しかし……」


 アルバートは迷った。

 だが結局、ルーベルトに押し切られる。

 今後もボクはいつも通りに課外活動に参加することになった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る