8-4 セイフティシステム
光ったそれにボクは不穏なものを察知した。だが、どう対処するのが正解なのかがわからない。
危険だと本能が警鐘を鳴らしているのに、身体が動かなかった。
咄嗟の時、正しい対応をするのは難しい。訓練というのはだから必要なのだと、今さら思った。
そんなボクの身体をロイドが左手でぐっと抱えるように引き寄せる。そして右手を伸ばした。なにやら魔法を発動させる。
それはたぶん、一瞬のことだ。
ボクには、スローモーションのようにゆっくりと感じられたけれど。
何かが爆発しようとして、防がれる。
部屋の中にいた人物が感じたのは、一瞬の閃光だけに違いない。
それも、反応したのはカインズだけだ。カインズは何かを感じたのか、弾かれたように顔を上げる。
クリスとエリザベートは無反応だ。
だが、きょろりと辺りを見回したカインズの目にはそれは捉えられていないだろう。
何が起ったのか、見えたのはたぶんボクの目にだけだ。何でも見えるボクの目はほんの一瞬の出来事も見逃さない。
きらりと光って、何かが爆発しようとした。
だがそれは爆発する前に、シャボン玉のようなもので包まれる。ガチャガチャのカプセルみたいなものの中に光が閉じ込められたという表現の方の方が正確かもしれない。
とにかく、透明な球体の中で光は弾けた。それが爆発なのか、ただ単に収束したのかまではボクにもわからない。確かなのは、光がそのまま消失したことだけだ。
その球体に向かって、ロイドが何かをする。
球体はすうっと小さくなっていった。そして最後には消える。
まるで何事もなかったかのようだ。
カインズが顔を上げ、辺りを見回したのはその後だ。その時にはもう、何もない。
「……」
ボクは無言で、ロイドを振り返った。聞きたいことが、沢山ある。
ロイドはすっと自分の唇の前に人差し指を立てた。
何も言うなと口止めする。
ボクはこくりと頷いた。
一体、何が起ったのか。
誰が起こしたのか。
ロイドが何をしたのか。
聞きたいが、それを今、ここで問うことが出来ないことはわかっている。
(だって犯人はこの中にいるかもしれない)
ぼくはじっと、三人の先輩を見た。
ロイドの教官室には特殊な魔法が掛っている。外部からの魔法による干渉を受けない障壁のようなものに部屋全体が包まれていた。なので、さっきの何かは外からの干渉による攻撃ではない。それがなんであれ、発動できる人間は室内にいる人物だけだ。つまり、この場合はロイドとボクと3人の先輩になる。
ロイドとボクは違う。
そうなると、疑わしいのは先輩達3人だ。
(3人の内の誰かが犯人なのか。それとも誰かに利用されているのか)
本人も知らぬ間に、何かを仕込まれた可能性もないわけではない。
(ううーん)
心の中で、ボクは唸った。
先輩達との付き合いは課外活動が始まってからだから半年足らずだ。週に二回しか会わないし、基本、自分の研究にしか興味がない人たちなので、特に親しくしている訳ではない。
だがそれでも、それなりに情は湧いていた。
敵対行動を取られるのは切ない。
「ノワール」
ロイドの呼ぶ声が聞こえた。
振り返ろうとすると、手で目を塞がれる。
「にゃ?」
ボクは声を上げた。急に視界が真っ暗になって、驚く。
「睨みすぎ」
耳元に囁かれた。息が猫耳に掛って、背筋がぞわわってなる。
ボクはぶるっと身体を震わせた。
「にゃっ」
目隠しするロイドの手をボクは掴む。目元から外した。
「殺気がただ漏れだよ。押さえて、押さえて」
ロイドは小声で囁く。
「はい。深呼吸して」
促されるままに、ボクは息を吸って、吐いた。
「素直で可愛い」
ぎゅうっと抱きしめられる。
「にゃーっ」
嫌がって、ボクは暴れた。そんなボクをロイドは抱きしめて、離さない。すりすりと顔をすりつけられた。
いつも通りの空気が流れる。
それがわざとであることに、さすがに途中で気付いた。
警戒して、無駄に緊張しているボクの気持ちを解きほぐしてくれたらしい。
「この部屋にはオートで発動するセイフティシステムがあるから、大丈夫」
小声で、ロイドが囁いた。
シャボン玉のようにもガチャガチャのカプセルのようにも見えたあれのことらしい。
「にゃあ」
ボクは一声鳴いて、ロイドを見た。
ロイドはにこにこと優しく微笑む。頭を撫でてきた。
その顔を見ていると、ボクは安心する。
「にゃあぁぁぁ」
深く息を吐き出すと、こてんとロイドの胸に頭を寄せた。
甘えて、凭れる。
強張っていた身体から力を抜いた。
「よしよし。可愛いね」
ロイドはウキウキとボクを抱きしめる。あちこち撫でられるが、今日は許した。今頃、心臓がとかとかしてくる。ロイドに撫でられると、少し落ち着いた。
「すべすべだね」
そんなことを言いながら、ロイドは太ももを撫でる。
(おいっ)
心の中で突っ込んだ。だが、今日は大目に見る。助けられた感謝もあった。
しかし、傍から見てそれは目に余ったらしい。
「先生。目の前で犯罪行為は止めてください」
エリザベートのやたら冷静な声が響いた。
「触り方がいやらしいです」
すばり指摘する。
「撫でているだけだよ」
ロイドは苦笑した。
「それが問題だと思います。幼児虐待ですよ」
エリザベートの言葉に、ボクとロイドは互いの顔を見る。本人たちがどう認識するかより、こういうのは周りからどう見えるのかの方が重要かもしれない。
「わかった。太ももは撫でません」
ロイドは手を離した。
エリザベートは満足したように、頷く。部屋の中はいつもの雰囲気と何も変わらなかった。
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