閑話: 悲劇。




 男は後悔し続けた。

 最愛の人を自分のせいで死なせた。その罪を男は贖うことも出来ない。

 悔やんで、落ち込んで、自分を責めて。男は死ぬまで後悔の中にいた。

 若くして男は死んだが、その瞬間、ほっとする。ようやく苦しみから解放されると思った。出来るなら、殺された彼女と同じ場所に行きたいと願う。




 男が彼女の死を知ったのは、TVのニュースでそれが流れた後だった。


 女性が2名、刺されて死亡。

 襲った犯人も自らの首を切って自殺。


 ニュースキャスターはとても事務的に、その事実をただ告げる。

 殺された女性の家族ではない男には基本的に連絡は来なかった。ニュースで恋人の名前を見て、愕然とする。


(まさか!!)


 心の中で叫んだ。同姓同名の他人であって欲しいと心から願う。


 ニュースはネットニュースのトップにちらりとタイトルが表示された。だが、それだけだ。速報として扱われるわけでもなく、沢山のニュースの一つとして埋没する。関係の無い他人にとっては、たいして関心を引く内容でも無かったのだろう。


 ニュースの時点で、判明していた遺体の身元はアパートの住人である彼女だけだ。他の2人の遺体については身元もわかっていない。どういう状況で3人が死ぬことになったのかも警察は見当もつかなかった。


 男は信じられない気持ちで、恋人に電話をする。しかし、流れてきたのは現在使われておりませんという冷たいメッセージだけだ。彼女が電話を解約し、番号を変えたことを思い出す。

 彼女には一方的に別れを告げられていた。合い鍵と贈った指輪を返され、『さよなら』と一言、書き置きが残される。

 男は自分が彼女の家も職場も知らないことにその時、気づいた。今までは彼女の方が男の家に来ていたので、知らなくても問題がなかった。そして2年も付き合ったのに、友達の1人も紹介されたことがないことにも気づく。

 その事実に、男は打ちのめされた。それでも、彼女に会わなければと思う。男は彼女と結婚するつもりだった。別れを考えたことは一度もない。

 やり直すことが無理だとしても、このまま、話もせずに別れることだけは出来ないと思った。

 唯一の手掛かりである、自分たちが出会ったバーに男は通いつめる。彼女はそのバーでバイトをしていた。彼女が来るかもしれないというワンチャンスに男はかける。

 バーのマスターには、彼女の連絡先を教えて欲しいとも頼んだ。しかし当然、元とはいえ従業員の連絡先は教えられないと断わられる。そもそも、シュレッダーにかけたので履歴書はもう手元にないと言われた。それでも男は諦められなかった。




 ニュースを目にしたのは、彼女から別れを告げられてから一月ほど経った頃だ。何も考えず、家を飛び出す。目に付いた交番に駆け込み、殺された女性が自分の恋人かもしれないことを話した。確認したいと頼む。

 交番は担当の警察署に連絡をしてくれたようだ。男はパトカーで連れて行かれる。遺体に会わせてもらえると思ったが、違った。

 通されたのは会議室のような場所で、遺体の写真を見せられる。殺されたのが恋人かどうかを確認された。

 男は遺体の写真を見て、眩暈を覚える。身体が震えた。だがそれ以上の衝撃が男を待っていた。

 こちらの女性にも見覚えがないかと、もう1人の女性と犯人の女性の写真も見せられる。

 殺された方の女性はよく知っていた。元カノだ。

 それでなんとなく、事件の真相が男には見えた。元カノは不倫相手の妻にストーカー行為を受けていた。

 知っていると答えると、刑事達の顔色が変わる。

 その時点で、身元がわかっていたのは彼女だけであったことを男は初めて知った。自分が呼ばれたのは、残りの2名の身元を知っている人間を探すためだったのだと、気づく。警察が肉親では無い人間に遺体と対面させるわけがなかった。


 男の証言で、残り2名の身元はすぐに特定された。やはり犯人は不倫相手の妻だった。

 彼女は巻き込まれて亡くなったことが判明する。




 自分のせいだと、男は思った。

 元カノが何故彼女の部屋に居たのかはわからない。自分が知らない彼女の家を、どうして元カノが知っていたのかも。だが、それに自分が無関係ではないことは明らかだろう。

 男は自分のせいで彼女が死んだことを悟った。




 それから先の男の人生は抜け殻だった。ただ息をしているだけの人生。

 男は二度と、笑うことはなかった。

 誰とも親しく付き合うことをせず、1人で生きる。

 そうして、若くして人生を終えた。






 --それが、彼の前世の記憶だ。

 それを思い出してから、まだ1年も経っていない。

 前世のことを、彼は誰にも語るつもりはなかった。転生した恋人にさえ告げるつもりはない。

 向こうはまだ、何も気づいていなかった。

 一生、知らないままでいいと思っている。側に居て、ただ守りたい。それ以上のことなんて、何も望んでいなかった。

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