13-1 繋がる。




 アルバートの人生には大きな転機が二つあった。


 一つは妹が生れた時。

 妹が誕生し、母は父と取引をした。そして、アルバートは母親の所から父親の元へ移ることになる。父は嫡男を自分の手で育てることを望んだ。

 一緒に暮らしている時から母は遠かった。顧みられたことはほとんどない。アルバートの記憶にある母はいつも後ろ姿だ。アルバートは乳母に育てられる。

 だがそれは貴族としてはさして珍しいことではない。むしろ、普通のことだ。貴族の親は子供を乳母に預け、自分の手では育てないものだ。

 だが父は違った。父は我が子を自分の手で育てることを望む。もちろん、乳母は乳母でいた。男手一つで幼い子供を2人も育てられるわけがない。だが、父は極力、息子達の面倒を見た。

 アルバートは家族の温かさを初めて知る。

 兄であるルーベルトがいるのも大きかった。ルーベルトは数ヶ月違いの弟をそれはそれは可愛がり、面倒を見てくれた。

 父はルーベルトを溺愛したが、ルーベルトはアルバートを溺愛する。上手くバランスが取れていた。

 幸せな子供時代を、アルバートは父の元で過ごす。


 二つ目の転機は使い魔として小さな白い子猫に出会ったことだ。

 はじめは、母のルーベルトへの嫌がらせかと思った。

 大叔父に使い魔のネコの調達を依頼したのは母だ。娘とその友達の3人分のネコを用意させる。だが、大叔父が連れてきたネコは4匹いた。3匹は真っ黒な黒猫で、1匹は真っ白だ。

 使い魔として、黒猫は大人気だ。毛の色が黒いほど、魔力が強いと言われている。白猫は使い魔としては敬遠された。

 アルバートはまたいつもの嫌がらせかと、うんざりする。

 対外的にアルバートは嫡男とされていた。ロイエンタール家を継ぐのはアルバートだと決まっている。ルーベルトが家を継ぐ可能性はほとんどない。何より、本人がそれを望んでいなかった。

 それなのに、母はルーベルトを敵視する。くだらない嫌がらせをいろいろと仕掛けてきた。

 そういうのが重なって、アルバートと実母の関係は最悪だ。何でも疑って掛るようになる。

 これ見よがしに用意された白猫をアルバートは持ち上げた。ルーベルトの手に渡る前に、取り上げる。

 そして自分の使い魔にすることにした。

 そう宣言すると、母が眉をひそめる。アルバートは溜飲を下げた。

 だがそれは誤解で、大叔父がもの珍しさに惹かれて1匹多く買い取っただけだった。


 その場で、アルバートは白猫と使い魔の契約を交わす。魂の一部がネコと繋がった。

 その瞬間、アルバートの中で不思議なことが起こる。知らない記憶が頭の中に流れ込んできた。

 それは1人の男の記憶だ。男は後悔し、泣いている。悔やんでも悔やみきれなくて、失意のまま若くして命を落とした。それはほとんど自殺のようなものだったかもしれない。

 その男が自分であることを、アルバートは理解した。何故それがわかったのかなんて、アルバートにだって説明できない。ただ、それが魂に刻まれた自分の過去であることがわかった。男は前世の自分らしい。

 アルバートは衝撃を受けた。

 使い魔契約で、前世を思い出すなんて聞いたことがない。どうしてそんなことが起こったのか理解できなかった。


 前世を思い出したことをアルバートは誰にも言えなかった。信じてもらえないかもしれないという思いと共に、罪の意識がある。生まれ変わっても、アルバートは恋人を死なせた罪の意識に縛られていた。

 前世なんて知りたくなかったと思う。自分のせいで恋人が殺されてしまったなんて、アルバートには重すぎた。

 アルバートはとりあえず、前世の記憶に蓋をすることにした。思い出さないよう、封印する。前世の自分は今の自分と魂は同じでも別のモノだ。




 しかしその日の夜、アルバートは夢を見る。

 前世の夢だ。蘇った記憶を夢として見ているらしい。不思議なことに、それが夢であることをアルバートは理解していた。俯瞰している。

 それはなんとも奇妙な感覚だ。そこは全く知らない世界なのに、その世界のことを自分はよく知っている。だが、何かが可笑しかった。アルバートは違和感に気づく。

 これは自分の記憶ではなかった。別の誰かが見ている光景を共有しているような感じがある。

 見知らぬ部屋の中で、1人の女性と話していた。相手はよく知っている。10年近く付き合った元カノだ。 

(どういうことなんだ?)

 アルバートは困惑する。

 だが悩んでいる間も、夢の中では時間が進行していた。

 元カノは誤解だと説明を始める。

 相槌を打つ”自分の”声にも聞き覚えがあった。

 自分が誰の記憶を共有しているのか、アルバートは理解する。

 これは彼女の記憶だ。

(何故、彼女の記憶が?)

 アルバートは動揺する。

 前世の自分が知るはずのないあの日の光景をアルバートは夢として見た。

「うわっ」

 恋人が刺された瞬間、アルバートは飛び起きる。はあはあと荒い息を吐いた。嫌な汗が背中を伝う。悲鳴を上げなかっただけ、自分を褒めたい。

 アルバートはベッドサイドの明かりを付けた。ゆっくりと辺りを見回す。ここが自分の部屋であることを確認して安心した。

 その視界に、部屋の隅で眠る白猫の姿が目に入る。遊び疲れて、子猫は寝てしまった。その寝床をアルバートは寝室の隅に用意する。クッションの山に埋もれて、子猫はすやすやと寝ていた。

(可愛い)

 アルバートは口元を緩ませる。自然に笑みが浮かんだ。

(愛おしい)

 そう思う。胸が締め付けられる感じがした。

 そしてふと、あることに気づく。

 自分のモノではないあの記憶は、自分が繋がった相手の記憶かもしれない。魂の一部を共有するということは、記憶も共有することでもあるのだろう。

 自分が前世を思い出したのも、魂が繋がったからだと考えるのが妥当な気がした。

(もし、あの記憶の持ち主がノワールなら……)

 ノワールは彼女の生まれ変わりだということになる。

(ネコだし、オスだけど……)

 それでも彼女なら、自分は今度こそ何があっても守りたい。

 アルバートは心密かに誓った。

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