13-2 夢。




 夜中、ボクは目を覚ました。


「!!」


 心臓が壊れそうなほど、ドキドキと早鐘を打っている。

 部屋の中はまだ暗い。起きるには早い時間のようだ。だが、再び寝付くことは出来ない。嫌な汗を掻き、寝間着は湿っぽかった。


(気持ちが悪い。着替えたい)


 そう思う。


 その日、ボクは夢を見た。

 前世の夢だ。そしてそれが現実に起こった出来事であることをボクは理解する。前世の自分がどうして命を落としたのか、知った。

 それは最初から自分の中にあったのに、目を背け、無意識に記憶に蓋をしていた現実だ。


(殺されたのか)


 苦笑いが口元に浮かぶ。

 ごく普通に生きていた自分が、まさか痴情のもつれに巻き込まれて殺されるなんて思わなかった。

 しかも、恋人の元カノのストーカーにだなんて。なんて間が抜けた話だろう。


 そして自分がネコに転生した理由も理解した。

 願ったのは、自分だ。確かにあの瞬間、ネコのように気ままに生きたいと願う。それは叶えられていたらしい。


(でもどうせなら、現代日本でおネコ様になりたかった)


 後悔が胸を過ぎる。ネコが楽を出来るのなんて、現代日本だからだ。


 ボクはそっと、自分の首輪に触れた。そこにある鈴は鳴らないよう、中に綿が詰まっている。何故鈴の音が耳障りなのかわからなかったが、今なら理解できた。

 前世の自分の死の記憶にチリンチリンという鈴の音が結びついているからだろう。殺された時の嫌な記憶を不快に感じたのだ。


(人の恋バナが嫌いなのも、他人の不倫に巻き込まれて殺されたからなのかも)


 他人の恋愛にボクは関わりたくない。

 意識がうすれている中で、前世のボクは元カノが「奥さん」と相手を呼ぶのを聞いた。自分を刺した相手が、元カノの不倫相手の奥さんだと察する。

 それは完全なもらい事故だ。


(それで死ぬなんて、不憫すぎない?)


 自分で自分が哀れに思える。


(とにかく、着替えよう)


 前世を思い出したボクは少なからず動揺していた。気持ちの整理がつかない。着替えてすっきりすれば、少しは気持ちをリセット出来るかもしれないと思った。


 抱きしめるアルバートの腕の中から抜け出そうとする。だが、がっちりホールドされていて抜けられなかった。

 仕方なく、アルバートを起こすことにする。


「にゃあにゃあ」


 アルバートの背中を叩いた。


「ん……?」


 アルバートは目を開ける。腕の中のボクを見た。


「着替えたい」


 ボクは半分寝ぼけているアルバートに訴える。

 アルバートの手はボクの背中を撫でた。


「にゃっ」


 濡れた冷たさを感じて、ボクは声を上げる。湿った布が身体にひっつく感覚が不快だ。


「にゃあっ」


 抗議するように鳴く。恨めしげにアルバートを睨んだ。


「本当だ。湿っているな」


 アルバートは納得する。ベッドサイドの明かりを付けた。

 夜の闇に慣れた目にそれは眩しい。ボクは明かりから顔を背けた。


「おいで。身体を拭いて、着替えさせてあげよう」


 アルバートは手を差し出す。

 優しく微笑んでいた笑みが、振り返ったボクを見て固まった。


「どうした?」


 問われる。


「にゃ?」


 ボクは首を傾げた。


「泣いている」


 アルバートの手が頬に触れる。涙を拭ってくれた。

 その濡れた手を見て、ボクは自分が泣いていたことに気づく。


「にゃにゃっ?」


 ボクは戸惑った。

 泣くつもりなんてない。だが、勝手に溢れてくる涙が止まらなかった。


「嫌な夢でも見たの?」


 優しく涙を拭いながら、アルバートは問う。


「にゃあ……」


 ボクは頷いた。


「それは前世の自分が死ぬ夢?」


 アルバートは静かな声でそう聞く。

 ボクの身体はびくっと震えた。


「にゃっ」


 とても驚く。思わず、涙も引っ込んだ。


(え? 前世ってどういうこと? なんで、アルバートが前世のことを知っているの??)


 ボクはただただ困惑する。

 だが次の瞬間、寒さを感じた。


「くしゅんっ」


 くしゃみをする。

 濡れた寝間着が体温を奪っていた。


「話をする前に、まず、着替えよう」


 アルバートはそう言うと、ボクの寝間着を脱がす。下着も全て取られた。


(これはちょっと……)


 心の中でボクは苦笑する。だが、アルバートは気にしなかった。

 大きめなタオルを持ってきて、ボクの身体を丁寧に隅々まで拭いてくれる。

 ボクは人形のようにアルバートに身を委ねた。

 アルバートは拭き終わると、新しい下着と寝間着をボクに着せる。


「私のノワールは何を着せても可愛いね」


 アルバートは満足そうに目を細めた。


(親バカが過ぎる)


 ボクは苦笑する。

 アルバートはしばらくの間、しげしげとボクの姿を眺めていた。満足すると、ベッドに腰掛けてボクを膝の上に乗せね。ぎゅっと抱きしめた。


「愛している」


 囁き、キスされた。普通に唇に唇が重なってくる。舌が口の中に入り込んできた。舐め回される。

 親愛にはほど遠いキスをされた。

 抗うべきかどうか迷っている間に、唇は離れる。

 ぎゅっとまた、苦しいくらいに抱きしめられた。


「二度と離さないと誓うよ」


 そんなこと言われる。


「……にゃあ」


 ボクは困惑した。


「ノワールも二度と、私の前から消えたりしないと約束してくれ」


 真剣な顔で、アルバートは誓いを求める。


(二度と?)


 ボクは首を傾げた。それは一度はあったということだ。


「何の話をしているの?」


 困惑して、問いかける。


「ん?」


 アルバートはきょとんとした。まじまじとボクを見る。


「その汗の掻き方、尋常じゃ無い。前世の、死んだ時のことでも思いだしたんじゃないのか?」


 逆に問われた。


「にゃにゃっ」


 ボクは思わず声を上げる。

 その指摘は当たりだ。だが何故、アルバートがそれを知っているのかがわからない。


(魂が繋がっていると夢の内容も筒抜けなの?)


 ボクは困惑した。

 そんなボクの表情に、アルバートは何かを察したらしい。


「もしかして、オレがわからないのか? オレだよ」


 オレオレ詐欺みたいな言葉をアルバートは口にする。アルバートらしくない、少し乱暴な口調だ。


「   」


 前世のボクの名前をアルバートは呼ぶ。


 その瞬間、カチリとボクの頭の中で何かが噛み合う音を聞いた気がした。

 ぶわっと頭の中で記憶がフラッシュバックする。


「んにゃっ」


 ボクは頭を抱えた。流れ込んでくる情報が多くて、受け止めきれない。

 それは後悔の中で死んだ誰かの記憶のようだ。感情がリンクしているのか、とても辛い。

 誰かはボクの前世の両親に責められていた。お前が巻き込んだ、お前が殺したようなものだと罵られ、ボクの葬式の参列を断わられる。参列者がひそひそと誰かのことを噂していた。あの男と付き合ったから、前世のボクはストーカー被害に巻き込まれたのだと冷たい目を向けられていた。

 誰かは張り裂けそうな胸の痛みを堪える。それは周りの冷たい眼差しのせいでも、陰口のせいでもない。深い深い後悔のせいだ。

 そして、その誰かが誰なのかはもうボクにもわかっている。

 前世の恋人だ。

 だが何故、そんな自分の記憶の中にあるはずのないものが見えるのか理解できない。


「ノワール」


 慈しむような声がボクを呼び、頭を抱えたボクの顎を掴んで、顔を上げさせた。


「大丈夫か?」


 心配そうに顔を覗き込む。


(ああ、そうか)


 ボクは納得した。アルバートは”彼”なのだろう。そして、魂が繋がっているボクらは記憶や意識を共有できる。これを自分に見せたのはアルバートだ。


(転生先で出会うなんて)


 ノワールは運命の皮肉を感じる。苦く笑うしか無かった。

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