13-3 動揺。
「にゃ、にゃあ……」
動揺したボクはとりあえず、一声、鳴いた。衝撃が大きすぎて、受け止めきれない。何をどう考えればいいのか、わからなかった。
(知りたくなかった)
ただそう思う。
(おネコ様暮らしを楽しむお気楽ライフ予定が、なんでこんな一気にシリアス展開になるの?)
盛大にため息をつきたくなった。誰もこんな展開、望んでいないだろう。少なくとも、ボクは望んでいなかった。
(自分が何故死んだかなんて、思い出そうとしたこともないのに)
前世の記憶が曖昧なことに、疑問を抱かなかったといえば嘘になる。だが、前世は前世だ。この世界にネコとして生まれたからには、ネコとして楽しく人生を全うしようとするのが正しい生き方だろう。そもそも今回はオスだ。女性だった前回をやり直すのはいろんな意味で不可能だろう。
(死んでリセットされたんだから、新しい人生を新しい気分で生きていいよね?)
ボクはそう思った。
だが、目の前のアルバートは違うらしい。
死んだボクに出会えて、歓喜している。
そこにいるのはアルバートの皮を被った、彼に見えた。
「二度と離さない。ノワールは私が幸せにするよ」
そんな宣言をかます。そこには狂気さえ見えた。
(お……、重い)
ボクは困る。
『ボクはたぶん、自力で幸せになれるから大丈夫です』--喉まで、断りの言葉がこみ上げてきた。だが、それを口にしたら面倒なことになりそうな気がする。
「……にゃあ」
肯定とも否定ともつかないような言葉を口にした。
「ノワール?」
アルバートは不安そうな顔をする。顔色が優れないボクに気づいたようだ。
「にゃあ」
一声鳴くと、ボクは魔法を解く。白い子猫に戻った。
会話を拒否し、ネコに逃げる。
「ノワール?!」
アルバートは困惑した。
だがその声をボクは無視する。とことことベッドの上を歩き、枕とベッドの間に顔を突っ込んだ。狭い場所に入り込む。
正直、今は何も考えたくなかった。予想の斜め上を超える展開に、少なからず動揺している。
前世の自分が他人の不倫に巻き込まれて刺殺されたのもショックだが、前世の彼がアルバートだったことの方が衝撃は大きかった。
彼のことは今でも嫌いではない。だが、もう関わる気も無ければ出会いたくもないというのが本音だ。彼が悪いのではない。彼のことで悩んだり迷ったりする自分がボクは嫌なのだ。
それなのに、転生しても出会ってしまった。しかも、ボクとアルバートは使い魔契約で魂までも繋がっている。一生、離れることが出来ない絆が生まれていた。
(アルバートは全てわかっていて、ボクを使い魔にしたのだろうか?)
疑心暗鬼になる。胸の奥に嫌な感情がじわじわ広がっていくのを感じた。
(やだ、やだ、やだ。アルバートのことを嫌いになんてなりたくないのに)
ボクは考えるのを止めて、目を閉じる。
そんなボクにアルバートが声を掛けることはなかった。放っておいて欲しいのは伝わっているのだろう。
ネコの時点で、対話を拒否しているのはわかったはずだ。
「おやすみ」
そう呟く声が聞こえる。
(にゃあ)
心の中でだけ、ボクは返事をした。
ネコも夢を見るのか。
ボクの場合はYESだ。その夜、何も考えたくなくて、夢さえ見るのが嫌でネコになったのに、ボクは夢を見た。
なんて皮肉だろう。
前世のボクが死んだ後の夢。
彼は蹲り、立ち上がることさえ出来ずにいた。ただ、ただ、泣いている。
彼の悲しみでボクの胸も押しつぶされそうになった。
にゃあ、にゃあ。にゃあ、にゃあ。
気づいたら、ボクも一緒に泣いている。ネコなのに、ボクの瞳からはポロポロと涙がこぼれていた。
蹲る彼に白い子猫のボクが寄り添う。
それをボクは俯瞰で見ていた。
彼はボクを見る。そっと手を伸ばし、頭を撫でた。
「ノワール」
彼は知るはずのないボクの名前を呼ぶ。
「にゃあ」
ボクは返事をした。
「許して欲しい」
彼は謝った。
「にゃあ」
ボクはもう一声、鳴く。
もういいよ。--そう応えた。
あの日、死んでいくボクは彼を恨んでなんていなかった。彼のせいで巻き込まれたと言えなくはないけれど、別に恨んではいない。
ただちょっと、運が悪かったのだろう。
(だから、もういい。自分を責めなくていい。)
しかしそんな気持ちは「にゃあ」では伝えきれなかった。隣でにゃあにゃあ鳴いても、彼にはちっとも伝わらない。
(ちゃんと言葉を話せたら)
ネコのボクはそう思った。ネコに生まれ変わりたいと思ったけれど、ネコでは想いを伝えられない。
(そっか。だからボクは人間に化けたのか)
ふと、そう気づいた。
魔法で、人の姿になる。小さな男の子となって、彼に寄り添った。小さな手を彼の身体に回し、ぎゅっと抱きしめる。
「ノワール?」
戸惑った顔をした彼にボクは自分からキスをした。
「最初から、怒ってなんていないよ」
ボクは告げる。
「恨んでいないのか?」
彼は問う。
「恨んでいない」
ボクは答えた。
「憎んでいないのか?」
彼はまた問う。
「憎んでもいない」
ボクは微笑んだ。
「……愛している」
少なからず逡巡した後、彼はそう口にする。とても不安そうにボクを見た。
「知っている」
ボクは笑う。
「今でも、ボクのことを大好きでしょう?」
そう続けた。
「ああ」
彼はやっと微笑んでくれた。
「今でも、愛している。前より、もっと、ずっと」
呟いた彼の姿はいつの間にかアルバートに変わっていた。
「愛している、ノワール」
アルバートが叫ぶ。
「……うん。ボクも」
頷くと、とても安心した顔をされた。ぎゅっとボクを抱きしめる。唇に唇が重なり、舌が入ってくる。とてもいやらしいキスをされた。
ふふっとボクは笑う。
アルバートも笑う。愛しくて堪らないのだと、きつくきつくボクを抱きしめた。
目覚めたら、アルバートの腕の中にいた。
ネコのボクを抱きしめたまま、アルバートは眠ったらしい。
(潰されなくて、良かった)
気づいた瞬間、嬉しいよりぎょっとした。寝返りを打たれていたら、完全にアウトだっただろう。
ボクはアルバートの顔を見た。涙が頬を伝っている。
「にゃあ」
一声鳴くと、腕の中を抜け出した。アルバートの顔を舐める。涙を舐め取った。
アルバートの長い睫が揺れる。
それを見ながら、彼とはだいぶ違うなと思った。
彼もイケメンだったが、アルバートはもっと正統派のイケメンだ。その上、ボクが大好きでメロメロだ。
(うん……。悪くない)
ボクは心の中で呟く。
ここにいるのは彼であって、彼ではない。アルバートだ。
そしてボクも前世のボクとは魂は同じでも、もう違うものだと思う。
(彼とやり直すつもりはないけど、アルバートとなら、一生、一緒にいてあげてもいいよ)
そんなことを思って、ボクはもう一声、にゃあと鳴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます