13-4 大好き。




 涙を舐め取ると、アルバートは穏やかな顔になった。

 そのことにボクは安心する。


「うにゃあ……ん」


 あくびが出た。なんだか眠くなる。

 ボクは少し考えた。このままネコでいるか、人間に化けるか迷う。


(ネコのままだと潰されそうで怖い)


 ボクはそんな情緒も色気も無い事を考えた。ロイエンタール家のアルバートの部屋になら、ネコのボク用にクッションの山が寝室の片隅に作られてある。そこがボクの寝床だ。ネコの姿の時はそこで寝る。一緒のベッドに寝るのは、子猫のボクには少し危険だ。だが、寮の部屋にはボクの寝床は作られてない。ずっとアルバートと一緒に寝ていたから必要無かった。この部屋でネコの姿で眠ることはない。


(一緒に寝るなら、人間の方が安全)


 そう考えて、ボクは時計を見た。起きる時間にはまだ早いことを確認する。


(じゃあ、人間の方で)


 心の中で呪文を唱えた。精神を集中していく。自分の身体がキラキラ光り、姿が変わるのが自分でもわかった。人間の子供になる。

 もちろん、ネコミミはそのままだ。


(不思議なのは、魔法なのに毎回、同じ姿に変われることだよね)


 容姿に関してはボクの意思はあまり反映されていない。ルーベルトに少し似ているのは、最初の時に人としてイメージしたのがルーベルトだからかもしれないが、それ以降は何も考えていない。


(魔法って不思議)


 改めてそう思った。

 ふるるっとボクは身震いする。裸だが、寝るだけだからまあいいだろう。このまま寝ることにした。布団に潜り込む。そっとアルバートに身を寄せた。


(あったかい)


 温もりが心地いい。目を閉じると、睡魔が襲ってきた。いつの間にかボクは寝ていた。






 さわさわ、さわさわと誰かが髪を撫でている。優しい手がボクに触れていた。こんな優しい触り方をする人は一人しかいない。

 気持ちが良くて、すりっとその手に頭を擦りつけた。


「にゃあ」


 無意識に鳴き声が口から漏れる。

 ふふっと笑う気配がした。

 ゆっくりとボクは目を開ける。

 アルバートが至近距離でボクの顔を覗き込んでいた。


「おはよう」


 優しく声をかけられる。


「……にゃあ」


 ボクはそれにネコとして応えた。

 アルバートは微笑む。


「いつの間にか、人の姿に戻っていたんだね」


 また頭を撫でられた。


「にゃう」


 うんと頷く。

 アルバートは目を細めた。


「愛しているよ」


 慈しむようにそう呟く。顔が近づいてきた。チュッと頬にキスされる。


(どっちを?)


 ボクは心の中で問いかけた。でも、その質問を口にするつもりはない。アルバートの方からそのことを持ち出さない限り、前世の話はしないと決めた。

 あれはもう、終わったことだ。

 そしてたぶん、アルバートもそのことはもう口にはしないだろう。そんな確信が何故か、ボクにはあった。


(繋がっているからかな)


 そう思う。アルバートの気持ちはボクには伝わってくる。きっと、ボクの気持ちもアルバートに伝わっているのだろう。


(もしかしたら、昨日のあの夢もアルバートは見ていたかもしれない)


 そんな気がした。

 あの涙はもしかしたら、そういうことなのかもしれない。


(本当に繋がっているんだな)


 それを良かったと思った。互いの気持ちがなんとなくわかるのは案外、便利だ。人間同士だった時より、わかりあえている気がする。


「おいで、ノワール」


 アルバートはボクを腕の中に抱き寄せた。裸の背中にアルバートの手が廻る。優しく擦られた。

 ボクは素直に、アルバートの胸に顔を寄せる。

 ぎゅうっと苦しいくらい抱きしめられた。


「にゃう」


 苦しいと抗議して、アルバートの胸を押す。

 アルバートは力を緩めた。そしてボクの手を取る。自分の口元に運んだ。ちゅっとキスをする。


「小さくて可愛い手だ」


 そんなことを言った。


(ショタコンかっ!!)


 心の中で、ボクは突っ込む。自分がオスで良かったなと思った。メスだったら、アルバートは今、完全に犯罪者だ。キスするだけなら可愛いが、あむあむと指を唇で食んでいる。


(いや、僕がオスでもアウトか)


 ネコで良かったとしみじみする。ネコならギリギリセーフな気がした。


「……」


 引きまくったボクを見て、アルバートは笑う。それはいつものアルバートだ。


(彼とは少しも似ていない)


 そう思う。魂が同じでも、別人だと感じた。


「にゃあにゃあ」


 ボクは抗議する。


「ダメなの?」


 アルバートは苦く笑った。ボクの手を離す。


「じゅあ、キスだけならいい?」


 甘い声で聞かれた。


(そのキスはただのキスじゃないよね? たぶん)


 そう思ったが、ダメだと言う前に唇を奪われた。するりと舌が口の中に入ってくる。


(あかん方のやつだ)


 そう思ったが、もう遅かった。キスの仕方が彼と同じで、ちょっとムカつく。

 舌を噛んでやろうかと一瞬思ったが、止めた。アルバートは本当にキスだけで、それ以上はしてこない。


「ノワール」


 それはそれは愛しそうに名前を呼ばれて、抱きしめられる。


(大好き過ぎるでしょ)


 そう思ったが、悪い気はしなかった。


「にゃう」


 ボクは返事をする。


「ずっと一緒にいよう」


 アルバートは囁いた。

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