閑話: アンバランス




 ネコの獣人の噂をミリアナはかなり前から知っていた。学園で獣人が学んでいるなんて、噂にならない方が可笑しい。


 獣人は人間に準ずる扱いをすることになっていた。だから主と共に入学すれば、学園で学ぶことは可能だ。だが、今まで獣人が学園で魔法を学んだことはない。それは獣人を従者にする未成年なんていないからだ。獣人と主従契約を結ぶのはたいていは権力者だ。学園に通う学生が主になるなんて分不相応なことはありえない。

 だからアルバートが思っている以上に、ノワールの存在は最初から注目されていた。


 ミリアナも噂を聞いて、気になる。だがいくら王族でも何の理由もなく王宮に呼びつけることは出来なかった。何かしらの大義名分は必要になる。

 その大義名分をミリアナは思いもしないところに見つけた。


 王族の会議にはミリアナにも参加する権利がある。だがたいていの場合、その会議はミリアナ抜きで行われた。わがまま王女にはわがままを言う隙を与えないというのが父王と弟の方針のようだ。

 それがわかっているから、わざと側近を大勢引き連れて会議に乗り込む。それはただの嫌がらせだ。父王と弟の困った顔を見て、会議から外された溜飲を下げる。

 その会議には薔薇の会からの報告書もあった。ロイエンタール家のネコについての記述がある。


(ネコ?)


 違和感を覚えた。獣人では無く、ネコと表記してある。気になって、その報告をじっくりと読み進めた。ロイエンタール家に居るのは人間に変化する魔法を使う使い魔のネコだと書いてある。


(は?)


 一回読んだだけでは意味が通じなかった。何回かその部分だけ読み返す。

 使い魔契約したネコが自分で魔法を使い、人間に変化することが出来ると書いてあった。だが使い魔の証がついたネコミミは魔法の干渉を受けない。変化の魔法が効かないので、引っ込まないそうだ。そのため、見た目は人間より獣人に近くなる。獣人として、学園に連れて行くことになったようだ。


(自分に変化の魔法をかけられる使い魔のネコなんて、存在するの?)


 ミリアナは驚いた。獣人よりもっと珍しいだろう。

 嘘を吐くのは褒められた話ではないが、本当のことを明らかにしたら大騒ぎになることは目に見えていた。獣人だということにした方が、騒ぎは大きくならないだろう。ある意味、妥当な判断とも言えた。

 大きな魔力を持っているので、制御のために学園で魔法を学ばせるというのも理に適っている。薔薇の会も今後も獣人として授業に参加することを認めていた。ただし、四大貴族の力の均衡が崩れないよう、ネコには使える魔力を制限する首輪を付けることが決まる。


(逆に言えば、それだけで後はお咎めなしなんだから甘いといえば甘いわね)


 私文書偽造や報告義務違反など、付けようと思えば罪状はいくらでも付けられた。だが、誰もそうしない。


 ミリアナは珍しいそのネコが見たくなった。

 思いつくまま、そのことを口にする。父も弟もその程度のことならすんなり賛成するのはわかっていた。反対して、駄々を捏ねられる方が厄介であることを知っている。

 あっさりとネコたちを王宮に招待することが決まった。




 当日、やって来たのは小さな男の子だった。7~8歳くらいに見える。ネコだとか獣人だとか言う前に、とても綺麗で整った顔立ちをしていた。全体的に色素が薄く、白い肌に銀の髪を持っている。目は碧と青で左右の色が違っていた。まるで精巧なビスクドールみたいだ。頭には白いネコミミがついていて、それが不思議なほど違和感なく馴染んでいる。そこにその耳があることがとても自然なことに思えた。

 本物の獣人を見た事がなければ、ノワールは獣人にしか見えないだろう。だが、獣人を知っている人間から見たら、違うのは一発でわかる。ノワールは獣人よりずっと人間らしかった。


(なんて愛らしいの)


 ミリアナは顔が緩みそうになる。抱きしめて、ぎゅっとしたかった。柔らかそうな銀の髪を撫で回したい。

 だが、ミリアナは王女だ。王女として品格が問われる行動は取れない。迂闊に笑みを浮かべる訳にもいかなかった。

 はやる気持ちを押し殺して、ノワールと二人きりになれるタイミングをミリアナは待つ。

 一緒に散歩に行くチャンスを作った。

 人払いをして、会話する。ノワールが問題無く筆談できることに、ミリアナは驚いた。だが、学園で試験を受けているのだから読み書きが出来るのは当たり前かもしれない。

 ノワールは賢い子だった。


(この子は本当にネコなのだろうか?)


 そんな疑いを心の中で抱く。

 見た目の可愛さと中身の冷静さがとてもアンバランスに感じられた。

 ノワールは察しがよく、こちらの意図を的確に理解する。


(こんな子をずっと側に置きたい)


 そう思ったが、取り上げても自分のものにならないことは知っている。世の中にはそういうモノがあることをミリアナは経験していた。

 遊びに来てくれるとか、甘えてくれるだけで十分だ。ノワールに懐かれたい。


 ミリアナは今、意地悪な王女という自分のキャラに疲れていた。

 怒りのまま、意地悪なことを父や弟にはいろいろしてきたが、その気力もいい加減、尽きる。怒りを維持するにはかなりのパワーが必要だ。その気力はとっくの昔に尽きている。

 だが今さら、ただ優しくしても周りは信じない。何か裏があるのではないかと勘ぐられるだけなのは経験済みだ。

 そのことを何気なくぼやくと、ノワールが協力してくれると言った。理由がないから優しくしても信じてもらえないなら、理由を作ればいいと簡単に言う。ネコにメロメロな下僕となれば、優しくなった理由として十分だと笑った。




 そしてその案をノワールは実行に移す。

 今、ミリアナの膝を枕にしてノワールは昼寝をしていた。とても寛いでいる。

 ノワールにメロメロな様子を見て、側近達は最初、驚いていた。だが、それを良い変化だと受け止める。理由は簡単だ。ミリアナが優しくなったからだろう。

 無理をするのは止めて、自然体でいることにした。意地悪しないだけなのに、優しくなったと言われる。ノワールと接することで心が穏やかになったのだろうとも噂された。

 ただ普通に優しくしたときはまた何か企んでいるようだと陰口を囁かれたのに、今回はネコと接することで人が変わったのだろうと言われる。

 ノワールの読み通りだ。


(綺麗な顔にアンバランスなほどシビアな内面)


 ノワールはとても面白い。ふふっと笑うと、その音を聞き止めたのかネコミミがぴくっと動いた。

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