閑話: 招待状<王子視点>
王子・ランドールは届いた招待状を手に、困惑していた。
それはお茶会への招待状だった。カールの手作り菓子をふるまうと書いてある。
正直、とても興味が湧いた。カールがお菓子を作るなんて夢にも思わなかったので、どんなお菓子が出てくるのか見たい。
それがカールからの招待であったら、ランドールは一も二もなく参加しただろう。
だが、差出人はノワールとなっていた。
「猫がお茶会を開くのって、おかしくないか?」
思わず、側近のキースに真顔で尋ねてしまう。
「はい?」
キースは聞き返した。自分の耳を疑う。
ランドールは無言で、招待状を差し出した。
「失礼します」
キースはそれを受け取り、読む。
「カール様がお菓子を作られるんですか?」
思わず、そこに反応してしまった。
キースはランドールより10歳ほど年上だ。ランドールが生まれた頃から側に居る。今は側近だが、その前は遊び相手として呼ばれていた。カールのことももちろん知っている。キースにとってもまた、カールは兄のような存在だ。
「いや、大事なのはそこではない」
ランドールは苦く笑う。
「差出人の名前だ」
そう言った。
キースは改めて、招待状を見る。
署名はノワールとなっていた。名前だけで、名字はない。
「ノワールというのは……」
キースは困惑した。その名は最近、よく耳にする。気難しく、かんしゃく持ちだと悪評高い王女がすっかり骨抜きだという噂だ。それに伴い、人が変わったように優しくなったとも評判になっている。地に落ちていた王女の評判がうなぎ登りなのは、王子陣営としてはなかなか複雑なものがあった。ランドールはすでに王太子だが、その地位は必ずしも盤石ではない。血筋的には、王女の方がずっと高かった。
「姉上がお気に入りの、例の猫だ」
ランドールは呟く。
ノワールが獣人ではなくただのネコであることをランドールは知っていた。薔薇の会の報告書を読んでいる。だからこそ、不思議に思った。
ただのネコがお茶会を開くというその状況が。
もっとも、その違和感はノワールが例え本物の獣人であっても拭えない。獣人を人に準じる扱いをするというのは建前だ。実際には、保護はしたとしても人としての権利はほぼ認められていない。行動は制限され、何をするにも主の同伴が必要なのが獣人だ。
「どう思う?」
ランドールはキースに意見を求めた。
「罠だと思うか?」
真面目に問う。
「罠だとしたら、あまりに杜撰ですね」
キースは答えた。
ノワールが王女のお気に入りであることは誰もが知っていた。そのノワールが何かことを起こせば、誰でも王女の関与を疑う。王女がそんな愚かなことをするとは思えなかった。
「それに、カール様が殿下を陥れる手伝いをするとは思えません」
キースは首を横に振る。カールがランドールを可愛がっていたことは知っていた。あまりにランドールが懐いていたので、嫌がらせで王女に取り上げられてしまったが、王女付きの護衛をカールは1年ほどで辞めている。王女にいい感情を持っているとは思えなかった。
「そうだよな。カールが私を裏切るとは考えにくいよな」
キースの言葉に、ランドールはほっとする。
それを見て、ランドールは同意が欲しかったのだとキースは気づいた。カールを信じたいのだろう。
そんなランドールを甘いと思いつつ、憎めないとも思った。
「どういたしますか?」
キースは問う。出欠を確認した。
「この猫が何を考えているのか、知りたいから出席しよう」
ランドールは答える。
キースは一瞬、反対すべきがどうか迷った。王子を気軽に城から出す訳にはいかない。だが、ランドールの言い分にも一理あった。最近、噂のノワールが何を考えているのかはキースも知りたい。
「殿下。一つ提案があります」
キースは思い切って口を開いた。
「なんだ?」
ランドールは問う。
「お茶会とはいえ、殿下が城を出るにはそれなりの準備が必要となり、警備の手配もしなければなりません」
キースは現状を説明した。
「それはそうだな」
ランドールは頷く。
「しかし今回は時間がなく、場所も学校となると警備も難しいのが実情です。そこで、お茶会の場所に城の一室を提供するのはどうでしよう?」
キースの言葉に、ランドールは目をぱちまくりと瞬いた。
確かにそれなら、準備も警備も必要無い。いつも通りで問題無かった。
「しかし、向こうがそれを受け入れるか……」
ランドールは困惑する。自分なら、断わるだろう。王宮で貴族がお茶会をするなんて、聞いたことがない。
「それはわたしにお任せ下さい」
キースは穏やかに微笑んだ。
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