閑話: 餌付け
カールの趣味が料理(特にお菓子)作りだと知ってから、ボクはカールとぐっと仲良しになった。
カールのために用意されたキッチンにこっそりと入り浸る。
課外活動がない日は、カールがそこでお菓子を焼いてくれることになっていた。
キッチンはロイドの教官室とその隣のカールの教官室の間にある。両方から出入り出来るようになっていた。どちらのドアもカモフラージュされている。一目見ただけではドアだと気づかない作りになっていた。
「にゃんで隠す必要があるの?」
不思議に思って、問う。隠す必要は無いのではないかと思った。悪いことをしている訳ではない。
だがそれに対するロイドの返答は明快だ。
「他の先生方に、自分の部屋にもキッチンが欲しいと言われたら困るからです」
にっこり笑って、予算の関係だと打ち明けられる。
あまりにリアルな回答に、ボクは納得するしかなかった。確かに、全ての教官室に付けることになったら、大変だろう。
ちなみにこのキッチンの改築費用は全てロイドの私財から出ているそうだ。学校の予算は使っていないらしい。
職権乱用はしていないと、真顔で訴えられた。
「にゃ、にゃあ……」
わかったと、ボクは頷く。ロイドの勢いにちょっと押された。でもその辺りのことはもともと疑ってはいない。
ロイドはああ見えて、意外と真面目だ。着服とか出来るタイプではない。
キッチンに入り浸るようになってから、ボクは焼きたてのお菓子にありつけるようになった。
毎日のようにカールにお菓子を作っているのには理由がある。
ボクたちは一ヶ月後、王女と王子を招いてちょっとしたお菓子パーティを計画していた。そこでカールの手作りお菓子を出すことにしている。
もちろんそれは、王子をおびき出すための撒餌だ。カールの手作りのお菓子が食べられると聞いたら、王子もパーティに参加してくれるだろう。
逆に言えば、ただ招待するだけでは王子は参加してくれないと思う。王女と仲の良いボクは王子とその側近には警戒されていた。
だがそれでも、カールの手作りのお菓子になら王子は食いついてくるかもしれない。
ダメな時には策を練り直せばいいだけなので、お菓子大作戦でとりあえずは行くことにした。
しかし、肝心なカールから待ったがかかる。
自分の作る菓子は王子に出せるレベルに達していないので、練習する時間が欲しいと言われた。
ボクは了承する。そして、カールに協力することにした。前世のお菓子の知識をいろいろとカールに話す。
前世の知識をこちらの世界に持ち込むのはあまりいいことだとボクには思えなかった。だから自制している。しかし、お菓子のバリエーションが増えるくらいなら問題は無いだろう。
でも残念ながら、ボクが覚えているレシピは少なかった。前世のわたしはきっちりと計量するお菓子作りがあまり得意ではない。大雑把な性格が顔を出し、つい適当にやってしまった。だがお菓子作りの肝はきちっと分量を守ることなので、出来はいまいちになる。
そんな自分の大雑把な性格を反省しつつ、カールと試行錯誤を繰り返した。
2時間ほど経つと、沢山のお菓子が出来上がる。
「にゃにゃにゃーん」
いただきますと手を合わせて、ボクは出来たてのお菓子を試食した。
「にゃにゃっ」
一口食べて、声を上げる。とても美味しかった。
カールはそんなボクの姿をにこにこと見ている。食べてくれる相手がいるのが嬉しいようだ。ボクをいつでも歓迎してくれる。
とてもお菓子作りを趣味にしているような見てくれではないことを自覚しているカールは、今まで、ロイド以外に手作りでお菓子を作っていることを話した事は無いそうだ。
(こんなに美味しいのに、勿体ない)
そう思うが、それに関する意見は余計なお世話だとわかっていた。何も言うつもりはない。
それより、次はどれを食べるかの方が大問題だ。あちこち、目移りしてしまう。
最終的に全部食べるのだからどれからでも良さそうなものだが、そういう問題では無い。
(よし、これにしょう)
まだ温かいクッキーに手を伸ばした。ぱくっと噛みつくと、バターの香りが口に広がる。
「ふにゃーん」
ネコミミがぴくぴく動き、身体が震えた。
「にゃあにゃあ」
美味しいと訴えてカールを見ると、感動に目を潤ませていた。
(え?)
ボクは戸惑う。
「ノワールは美味しそうに食べるね」
カールは喜んだ。
そんなこと言われるなんて思っていなかったので、こちらも感動してしまう。胸がきゅんとした。
「にゃあ」
カールに抱きついく。ゴロゴロゴロと喉を鳴らした。
そんなボクをカールも抱っこしようとする。だが一瞬早く、ボクはカールから引きはがされた。
「簡単に餌付けされすぎだよ」
アルバートに怒られる。
キッチンに入り浸っているのはボクだけではない。当然、アルバートやルーベルトも一緒だ。アルバートがボクを1人で出歩かせる訳がない。
ボクの様子を見守っていたアルバートはお菓子にメロメロなボクをメッと叱った。
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