11-8 好意。
お茶会が終わったら、真っ直ぐに帰るのだとボクは思っていた。
アルバートに抱っこされた状態で、うとうとする。半分眠りに落ちかけていたが、王宮を出る気配がなかった。
どこかに案内されているらしい。むしろ、奥の方へ向かっている気がする。
王子はカールの隣を歩いていた。どうやら、王子の私室に向かっているらしいとボクは察する。
(王子が用事あるのって、カール先生だけじゃないのかな?)
そう思った。ボクたちは帰してくれていいのにと考える。しゃべれない事になっているので、突っ込めないのが残念だ。
もっとも、しゃべれたとしてもそんな突っ込みを入れる度胸はさすがにない。
(まだ、帰れないのか)
ボクはがっかりした。
「チッ」
心の中で舌打ちしたつもりが、口から出ていたらしい。
隣を歩いていたロイドがこちらを見た。
「今、舌打ちした?」
ボクの顔を覗き込む。
「……」
ボクは素知らぬ顔でそっぽを向いた。ロイドがいない方向を向いて、頬をアルバートの肩のあたりにつけた。
「もう少しだけ、付き合ってあげて」
ロイドは頼むように言う。
ボクはちらりとロイドを見た。
「にゃーん」
仕方ないとばかりに、小さく鳴く。了承した。
「いい子だね」
ロイドはそっとボクの頭を撫でる。気持ちがいいので、そのままにして置いた。
「ところで、一つ気になっていることがあるんだけど、聞いていい?」
ロイドはボクに囁く。
「にゃにゃ」
ダメと、ボクは断わった。面倒くさい話だという予感しかしない。しかし、ネコ語で断わっても通じるはずがなかった。
「首輪の鈴、今朝から全く鳴らないのは何で?」
勝手にボクの返事をOKと受け取って、ロイドは質問する。
(ダメって言ったのに……)
ボクは口を尖らせた。
ボクの首には首輪がついている。そこには鈴もついていた。だがその鈴は鳴らない。それをロイドは訝しんだ。
「にゃにゃにゃ」
鳴らないようにしたからだと、ボクは答える。
ネコ語では通じないので、鈴を見せた。アルバートにぴたっとくっついていた身体を起こす。
「……」
ロイドは鈴を見た。ふっと小さく笑う。
鈴の中には綿が詰めてあった。チリンチリンと鳴るのが煩いので、鳴らないようにした。鈴が取れれば一番いいが、取れないのは実験済みなので鳴らさないという方向で対策を取る。
「チリンチリンという鈴の音が愛らしかったのに」
ロイドは残念な顔をした。
「う゛に゛ゃあ」
ボクは濁った声で鳴く。とても嫌そうな顔をした。
自分の全部で嫌なことを伝える。
鈴の音がどうにもボクは不快だ。何故かは自分でもよくわからない。だが、チリンチリンというその音を聞いていると、心がざわざわした。落ち着かなくなり、最後にはむかむかしてくる。
だから、鳴らないようにした。
鈴が鳴る原理は知っているので、鳴らさないのは簡単だ。綿を貰って、それを鈴に詰める。中で動くやつが動かなければ音は鳴らない。綿で隙間を埋めるのが一番簡単で確実だ。
「鈴の音、嫌いなの?」
とっても嫌そうなボクの鳴き声に、ロイドはちょっと驚いた。
ボクが嫌いなことをアピールするのは珍しい。
「にゃ」
ボクは小さく頷いた。自分でも、本当は少し意外に思っている。最初は平気だったが、動く度に鳴るのでイライラしてきた。妙に気に障るようになる。
「まあ、苦手なものや嫌いなものがあるのは普通だからね」
ロイドは納得した。
そんなことを話している間に、王子の部屋に着いた。
王子の部屋はある意味、普通だ。女の子の部屋と違い面白みがない。
(レースやフリルで彩られた少女趣味とかの部屋の方が、まだ見るところがあるな)
部屋を見回して、つまらなく思う。失礼なことを考えていたら、お茶を勧められた。
見れば、テーブルの上にはすでにお茶の用意がしてある。最初から招くつもりだったようだ。
(お茶を飲んだばかりで、またお茶?)
ロイドに話し掛けられてすっかり眠気が覚めてしまったボクは心の中で突っ込む。
だが、よく見ると用意されているのは甘いお菓子より食事系の軽食っぽいものの方が多かった。キッシュやサンドウィッチが用意されている。
(これって、カールの好みだよね?)
そう思ったら、予想通りカールが喜んでいた。
「懐かしいですね」
そんなことを言っている。
ちなみにカールは王子の隣に座った。
ボクたち3人と一匹(?)は向かい側のソファに並んで座っている。ボクを抱っこしたアルバートが真ん中に座り、ルーベルトとロイドがその左右に腰掛けた。
ルーベルトは王宮に入ってからずっと黙っている。これは身分の問題のようだ。同じロイエンタール家の息子でも、正妻が産んだ嫡男のアルバートと庶子のルーベルトでは身分がだいぶ違う。ルーベルトが口を閉ざしているのは、保身のためにそうするのが一番いいからだ。余計なことを口にして、処罰されるなら黙っている方がいい。そもそも、ルーベルトは王子にも王女にも取り入るつもりはなかった。それなら、黙っていても何の問題もない。
王子はカールと楽しそうに話していた。
王女のお茶会で黙り込んでいた人物とはまるで別人のようだ。カールが大好きオーラを四方八方に飛ばしまくっている。
その目はキラキラしていて、まるで恋する乙女みたいだ。
「にゃあ……」
ボクは物言いたげに、ロイドを見る。意味深な感じでカールと王子をくいっと顎で指し示した。
「うん。何を言いたいのかだいたいわかるけど、違うから」
ロイドは否定する。首を横に振った。
「これ、好きだっただろう? カールのために用意したんだ。残ったら、持って帰ればいい」
だが、目の前ではそんな会話がカールと王子の間で交わされている。
「にゃあ?」
本当に?--と、ボクは疑った。
(仲、良すぎると思うのはボクだけですか?)
心の中で突っ込む。
「王子にとってカールは兄のような存在なのだよ」
ロイドはそっと耳打ちするように囁いた。
「にゃ?」
あれが?--と、ボクは首を傾げる。王子の目はハート形になっているように見えた。
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